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上海っ子AZUが早朝に見る夢の跡。


by azu-sh
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「あるがまま」でいいんだよ <コラム>

 先回は、わたしがブログを通してうつ病体験を語ることで症状そのものが軽減されてきたという“ブログ効果”について書きました。それに関連して思い出したことがあります。
 上海に引っ越してきたばかりの頃、わたしはまだ抗うつ薬の処方を必要としていました。でも中国はメンタル医療が遅れていると聞いていたし、中国語で医師とどこまでコミュニケーションできるものか不安でした。とはいっても、日本の主治医から「向こうに行っても必ず信頼できる医師を見つけてくださいね」と言われていたし、何より薬を切らしてしまうわけにもいかない。おそるおそる門をくぐったのが、上海にあるローカルの精神科病院でした。

 受付を済ませ、順番を待って診察室に入ります。優しそうなおじいちゃん先生が椅子を勧めてくれました。わたしを緊張させないよう気を遣ってくれているのがわかります。持参した英語の紹介状に目を通すと、これまでのことを話すよう促されました。思いつくまま、日本での出来事や最近の症状について中国語で話しました。おじいちゃん先生はわたしの話を最後までじっくり聞くと、ペンを取り出して日本のひらがなを綴り始めました。そこにはたどたどしい日本語で「かくあるべし」と「あるがまま」という二つの言葉が書かれていました。そして中国語交じりの日本語で、
「不要“かくあるべし”、“あるがまま”就可以了。」
(“かくあるべし”をやめて“あるがまま”でいいんですよ。)
と言ってニッコリ笑ってくれたのです。
 正直、これを日本人の医師に言われてもそれほどピンと来なかったでしょう。でも異国の地で中国人医師がつたない日本語で言ってくれた言葉だったから、特別あづの心に染みました。先生は同じ紙に電話番号を走り書きし、「これは私の自宅の番号です。何か困ったことがあったらいつでもかけてらっしゃい」と小声で言ってくれました。
 欧米諸国に比べたら日本のメンタル医療もまだまだ成熟しているとはいえないようですが、まして中国ではなおさら難しいだろうと覚悟を決めていたのに。最初からとてもすばらしい先生に出会えて、本当に安心しました。

 そのお医者さんが言った「あるがまま」というのは有名な“森田療法”の考え方に通じます。後日、その主治医が「今度、森田療法の講義をしに日本から大学教授がやってきます。この病院の精神科医に対する講習会なんですが、あなたは日本語がわかるから聞きにきてもいいですよ」と教えてくれました。言われた日に会場に行ってみると白衣の医師がたくさん集まっています。少し気後れしましたが、席について講演に耳を傾けました。
 講演はスライドを映しながら日本語で行なわれ、中国語の同時通訳がついていました。講演のテーマである“森田療法”というのは1920年に日本で確立された神経症治療法のひとつ。考案者の森田正馬(1874-1938)は高知生まれ、自身もパニック障害を抱えていたのですが独自の治療法で克服したそうです。わたしがとても興味深いと思ったのは、彼がある時四、五年前からパニック発作のあった女性を診察したった一度の問診で見事回復させてしまったという話。彼はその患者にこう指示したそうです。
「自分から発作を起こし、忍耐し、その様子を自ら観察してください。そうすればその体験を通し、今後発作の起こらない方法をお教えしましょう」
 後日、患者の女性は「やってみたけど発作を起こせず、五分もしないうちに寝てしまった。今までの不安はなくなったので今後も起こらないと思う」と医師に話しました。自分が抱えていたはずの恐怖を自ら突破してしまったというのです。これはあくまで医師と患者の関係が良かったゆえの成功例ではありますが、患者の「発作に対する不安」「発作を迎え撃つ気持ち」に変化させてしまったわけです。

 わたしは特に勉強したことがないので“森田療法”についてこれ以上は知りませんが、わたしを診察してくれた上海の医師はまさにこの治療法を取り入れている人でした。「あるがままでいい」「60点の出来でよい」という考え方。そして森田正馬が患者に“自分を観察する”よう勧めたように、「自らを語り、それを通して自分を知ることは人が悩みの渦に入った時の重要な解決法である」というのも森田療法の考え方です。
 …とすると、わたしがこうしてブログの記事を書くために自分の症状を観察しているのはまさに症状を「恐れる」のではなく「迎え撃つ」姿勢に変わった、という証です。うーん、もしかしたら近い将来、精神医学界で“ブログ療法”なんていう新しい治療法も登場するかもしれませんね。(笑)
「あるがまま」でいいんだよ <コラム>_b0074017_12352419.jpg

by azu-sh | 2006-09-14 12:38 | 「あづ」の「うつ」