★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:「あづ」の中国手話教室( 9 )

妹のウェディング!

 昨日、だんなの妹の結婚式に行ってきました。だんなにとっては可愛くてたまらない、二つ違いの大事な妹。わたしがだんなと付き合うようになったのも、そもそもは妹がロシア語を学んでいると聞いて親近感を持ったことがきっかけだったかも。美人で可憐で賢くて、お兄ちゃん想いの妹。耳の聞こえない両親に心の声が届くように、手話で「誓いの言葉」を述べました。見ていたわたしたちもとっても感動。
b0074017_1929282.jpg

 聾者がたくさん出席してくれたため、弟が司会者の手話通訳をしました。だんなは披露宴の通訳。兄弟三人大活躍です。友人たちが手話の歌をプレゼントしてくれました。きれいなハーモニー、息の合った手の動き。花嫁のお父さんの目にも涙が・・・。
b0074017_19353017.jpg

 妹らしい、質素ながらもセンスが良くて感謝のこもった結婚式でした。
 おめでとう!お幸せに!

 そしてわたしはどうしてもやってみたかった生花のヘアアレンジで臨みました。写真を撮るころにはすっかりバラがしおれていた~~(泣)一日お疲れ様!
b0074017_19425043.jpg



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もうひとつの「サンへーブログ」もよろしく!

★日中二ヶ国語ブログにも遊びに来てね! → AZUのサンへーブログⅡ
 一回でアクセスできなかったら再度試してみてくださいね。
★最初に中国語で、そのあと日本語でほぼ同じ文章が書いてあります。投稿した全文を見るには「查看全文>>」というところをクリックしてみてください。
★コメントは日本語でも中国語でも書けます。でも説明が全部中国語ですので、「コメントしたいけどできないよ~」という方は、こちらのエキサイトブログにコメントしてね!待ってま~す♪
[PR]
by azu-sh | 2012-02-19 19:45 | 「あづ」の中国手話教室
 あづは結婚して二年半で、ずいぶん手話を覚えました(いや、「思い出した」…かな?)。だんなは両親が聴覚障害者ということもあり、手話は家族の共通言語。彼に通訳をさせるとプロ級なのですが、学生時代に手話をかじっていただけのわたしはというと…語彙も少なく、位置関係とかバラバラだし、通訳なんて今はとても無理。でも距離が離れている時や、人に聞かれたくない時、手話ができると便利なんです。騒がしいスーパーでもこっちと向こうで会話ができる。
(わたし)“今日何食べたい?”
(だんな)“魚かな?いや鍋!”
 静かな図書館でも、
(わたし)“ちょっとトイレ行ってくる”
(だんな)“じゃあ、CD見てるね”
とか。全く声を出さなくても会話が成り立つんだから、スグレモノ。

 今回の大震災で政府が会見する時、後ろにたいてい手話通訳者がついていて、(あぁ、これならだんなの両親にもわかって安心だ)と思いました。情報に取り残されやすい聾者には、字幕や手話通訳、メールやFAXなどでの情報伝達がとっても大切。わたしが個人的にびっくりしたのは、今まで手話ニュースを見ていても全然読み取れなかったのに、今回の地震の会見はほとんど手話が読み取れたんです。きっとだんなに鍛えられたおかげですね。今度、義父母に会いに行く時は自信を持って手を動かしてみよう。きっと、今までより深い話ができるに違いない。今から楽しみです。

 ↓ わたしが上海で出会った聾者の友人たち。
b0074017_1754517.jpg

 写っているのは全員、中国人の聾者。来福士広場の味千ラーメンでみんなで弾丸トークしたんですが、三時間くらい中国手話を見続けていると、なんとなく単語がひとつふたつ拾えるようになってきて、最後には発信もできるようになるから驚き。実際はわたしはほとんど筆談で加わっています。帽子をかぶった陸くんは特に仲良くしてた子で、中国の聾者をとりまく環境についていろんなことを教えてくれました。でも暇さえあればメールで「日本人の彼女を紹介してくれ」「手話のできるカワイイ子はいない?」とばかり言うので、「イケメンなんだから自分で探せー!」と怒ってやった(笑)

 ↓ だんながタイで出会った聾者の友人たち。
b0074017_1821095.jpg

 なんと、日本人バックパッカーがタイで聾学校に侵入。学生たちと会って受けた印象は「みんなピュア!」だったというから、貴重な体験ですよね。あっという間に人気者になった彼につけられたあだ名は「鼻高」だったそうな。
b0074017_184518.jpg

 夜の街でも、手話が飛び交っています。

 「聞こえる」と「聞こえない」。これは幸福の境界線ではない。でも…
 「無関心」と「歩み寄り」。これは決定的な境界線だよね。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もうひとつの「サンへーブログ」もよろしく!

★日中二ヶ国語ブログにも遊びに来てね! → AZUのサンへーブログⅡ
★最初に中国語で、そのあと日本語でほぼ同じ文章が書いてあります。投稿した全文を見るには「查看全文>>」というところをクリックしてみてください。
★コメントは日本語でも中国語でも書けます。でも説明が全部中国語ですので、「コメントしたいけどできないよ~」という方は、こちらのエキサイトブログにコメントしてね!待ってま~す♪
[PR]
by azu-sh | 2011-05-09 18:17 | 「あづ」の中国手話教室
 3月11日、地震を感じた後、最初にしたことはテレビを買いに走ったことでした。今まで携帯のワンセグだけでニュースを見ていたのですが、ここまで被害が広範囲に及んだことに危機感を感じ、十分な情報を得るために急いでテレビを購入したのでした。関東に住むわたしのだんなの両親は耳が聞こえません。テレビを見ることはできても内容がよくつかめない、インターネットも使えない、広報車が回ってきても聞き取れない…そんな不安といらだちを感じているであろう両親に、正確な情報をリアルタイムでメールしたかったのです。

 被災された方の中には、たくさんの聴覚障害者や精神障害者、その他の身体障害者がいらっしゃるでしょう。皆さんのことが本当に心配です。わたし自身、精神障害者手帳を交付されており、精神科で処方された薬は手放せません。心身に障害を持つ方にとって、いつも飲んでいる薬が手元にないのは不安な気持ちを煽るだけでなく、文字通り命にかかわります。普段は健康だった人の中にも、これほどの恐怖体験と喪失体験を味わった後では、精神的不調を訴える(あるいは訴えることすらできない)方が多いとのことです。

 昨日の「福祉ネットワーク」という番組で、被災地にいる障害者の方に向けて実際的な情報が提供されていました。例えば聴覚障害は「車椅子に乗っている」などのように、障害が目で見てわかるものではありません。障害者自身が勇気を出して声を出さなければ、周りの人に障害を気づいてもらえません。「誰に連絡してほしいか」「何が必要か」、紙に大きく書いて周囲の人に伝え、助けを求めなければなりません。この、一見簡単そうなことが当の障害者にとってどれほど難しいことか、健常者には想像もできないでしょう。

 この番組は、被災地の障害者の安否をとりわけ心配していたわたしには一筋の灯のようでした。特に励みになったのは、統合失調症のサラさんという方への電話インタビューでした。
「避難先ではどのように過ごされていますか?」
「仲間とホットケーキを焼いたり、わいわいがやがや楽しくやっています」
「仲間の方と一緒に避難できたのですね?」
「いいえ、避難所で新しくできた仲間です」
 サラさんは薬が飲めないことをやはり心配していました。「薬を飲まなくなると、顔がこわばってきて異常が目に見えてわかるようになる」…精神障害者のほとんどが同様の不安を持っているでしょう。わたしもよくわかります。精神障害に対して周囲の理解が足りないこと、偏見が根深いことも彼らは承知しています。だから、自分の病気を周りに知らせ、助けを求めるのに勇気が要るのです。

 その他、「ろう学校の子供たちと一緒に避難しているけれど保護者が迎えに来ない、聞こえない子供たちは停電におびえているのでジョークを言って緊張をほぐしている」…と話していた先生。障害者の作業所で自閉症の人たちと被災した方の話。「避難所には掲示物も読めなければ、トイレの場所もわからない視覚障害者もいる。どうか配慮してください!」と訴えていた福祉専門家。「車椅子の方たちを車に乗せて津波から逃げようとしたけれど、間に合わなかったんです」…と肩を落とすヘルパーさん。障害者当人たち、介護や治療に関わる皆さんが、どれほど勇敢に今の厳しい状況に立ち向かっているかを知り、胸を打たれました。

 (こうした障害者を支援するためにボランティアに行きたい!)と強く思いました。一人の力は小さいけれど、わたしもきっと、何かをします!皆さん、頑張ってください!どうか、あきらめずに生き続けてください!
[PR]
by azu-sh | 2011-03-15 18:03 | 「あづ」の中国手話教室
 久しぶりの友人Yと会いました。わたしより七つも年下の女の子です。
彼女が高校生になった頃からほとんど姿を見ていなかったのに、なんと八ヶ月のおなかをしてもうすぐママになろうとしていました。声がひと回り優しくなっていましたが、愛嬌のある可愛い笑顔は昔のまま。
「Yちゃん、わたしたち、いくつ違うんだった?」と尋ねると、
「あづちゃんが14歳の時、あたしは7歳だったの。あづちゃんはお互いの誕生日から日数を計算して“今日はわたしがYちゃんよりぴったり二倍の日数生きている日なの”と言ってた。あたしは(そうかぁ、あづちゃんの半分しかまだ生きてないんだ)と思ったの。それが7歳の時だったからあたしとあづちゃんは7つ違いなんだよ。」
 ……何それ。(笑)覚えてない…一体世界のどこに生きてきた日数を計算して7つの子にとくとくと話して聞かせる中学生がいるのだろうか。あづ、赤面。
「確かにわたしって昔から変なこだわりがあったよね。あははは…」と言ってごまかすあづでした。

 昔、手話の指文字を一緒に覚えたよね、という話でも盛り上がりました。
「まだ覚えてる?」
「うーん、少しだけね。」
 わたしがちょっと教えてあげて自分の名前が指文字でできると、彼女は懐かしいと喜びました。わたしがちょうど14歳の頃(まだ中国語も始めていなかった頃)、わたしは手話に夢中でした。将来は手話通訳士になるんだと意気込んで手話のテキストを買い込み、家中に指文字の一覧表を貼っていました。お話の朗読テープを横で流しながら鏡を見て同時通訳の練習をしたり、そういえば高校受験の面接でも手話勉強の成果を披露したのでした。

 「ありがとう」「こんにちは」「だめだめ」といった手話は、最近では上海手話のほうが先に出てきてしまいます。中国でも昔のようにテキストを買って参考にしつつ、でも上海手話は北京の標準手話と違うから自分でイラストを描いて勉強しています。日本にいる間に、わたしがすっかり忘れてしまった日本手話を思い出せるようなテキストを買っておこう、と考えています。
 日本の病院で「解離性健忘症」と診断されてしまったあづ。自慢だったはずの記憶力がめっきり落ちてしまいました。(円周率なら今でも小数点以下110位まで言えるのに…笑)最近では記憶喪失状態が長い期間続いたり、写真を見てもつい先日のことがちっとも思い出せなかったり。一種の脳の病気です。脳を鍛えるためにもまずは以前通訳もしていた日本手話からもう一度始めてみようかな、と思っていまーす。
b0074017_882935.jpg

b0074017_812481.jpg★ユニークアクセス数が5000ヒットを超えました。どうもありがとう★
← 「谢谢」という中国手話です。
どうぞ覚えて使ってみて下さいね。
皆さん、これからもよろしくお願いします。
[PR]
by azu-sh | 2006-12-03 08:14 | 「あづ」の中国手話教室
<どっちがいい人?>

これは人間性を表す二つの手話表現です。
片方は良い性質、もう片方は悪い性質。さぁ、どっちがよい人かな?

A・
b0074017_613895.gif

B・
b0074017_624040.gif

勘で答えるしかないって?
いやいや、絵をよーく見てください、きっとわかるはず!!

★正解はコメント欄にLet's go♪★
[PR]
by azu-sh | 2006-07-31 06:05 | 「あづ」の中国手話教室
<自己紹介編>

これはあづの中国語姓。わたしは普段この姓で名乗っています。
b0074017_12531877.gif

指で漢字の形を見事に表現しています。さぁ、何という姓でしょう?
(ちなみに日本の苗字ではなく、中国人の一般的な姓ですよ。)

★コメント欄に答えを載せました。あなたの予想は当たってたかな?★
[PR]
by azu-sh | 2006-07-29 12:55 | 「あづ」の中国手話教室
 標準中国語(普通話)を勉強中のあづにとって、上海の街中で圧倒的に多く聞かれる上海語は大きな壁。上海に引っ越してきたばかりの頃は、スーパーのレジでもタクシーでも毎回「えっ?今何て…?」と二度聞きしなければならず、ほとほと苦労したものです。
 聞こえる世界にも聞こえない世界にも「上海語」があります。上海人がこの町で培ってきた文化と築いてきた人間関係が、その言語に深く深く染み付いているのでしょう。
  ◆一些聋哑人表示,自己学过标准手语,但在实际运用中,还是习惯用“方言”手语,时间一长“国标”就生疏了。“就像你们健全人,大家都是上海人一般用上海话交谈,不太习惯用普通话。”
 (一部の聾唖者が言うとおり、中国標準手話を習ったことはあっても実際の生活の中ではもっぱら地元で通用する表現を使うため、時がたつうちに標準手話を忘れてしまう。「健聴者の皆さんだって、上海人同士では上海語を使って話すのが自然で標準語(普通話)はそんなに使わないでしょう、それと同じです」)

 手話の方言…この記事を読んで思い出しました。昔々あづが中学生だった頃、「Wさん」という苗字を手話で表す時、右手を左肩に当てて表していました。なぜかというと、あづの実家がある町の聾唖者協会にWさんという人がいて、その人がサロンパスのコマーシャルに出てくる人に似ていたから。しかしこれは当の聾唖者協会の“Wさん”を個人的に知らない人にはピンと来ない由来です。わたしも地元の人にだけ“サロンパスのしぐさ”で「Wさん」と表していました。狭い地域の小さなコミュニティー内でのみ通じる手話の一例といえるかもしれません。

 外国の手話をかじってみてとりわけ興味深いのは、その国ならではの価値観が手の動きに如実に現れてしまうこと。これは社会活動や心理活動の単語の場合に顕著です。例えば「結婚」。日本の手話では親指を立てて男性を、もう片方の手で小指を立てて女性を表します。その二本の指を寄り添うようにくっつけるのが「結婚」という手話。しかし中国手話の「結婚」に指による男女の区別はありません。両手の親指を向かい合わせ、お辞儀させるかのように動かすのです。うーん、まさに男女平等!逆に「歩く」「食べる」といった人類共通の動作は国が変わっても動きは同じ。日本手話で「歩く」とやっても、中国手話で「走(zou)」とやっても、アメリカ手話で「walk」とやっても表現方法はまったく同じなのです。人差し指と中指を下に向け、足に見立てて交互に動かす。そう、きっと誰もが一瞬で見てわかる、ジェスチャーの代表格ですね。

 コミュニケーション。人間は様々な手段や方法を駆使して、自分以外の人間とコンタクトをとろうとします。そして感情を共有しあい、意見を戦わせ、理解を求め、自分の存在を確認します。人間対人間の向かい合い、そこには常に言葉があります。言語はそのツールです。英語も中国語も日本語も、そして手話も。自分以外の誰かと分かり合うため、その誰かに何かを伝えるため、人間は言語を用います。あづはこの“道具”の使い方を正しく学び、できればもっと熟練したい。教養のためでも虚栄心のためでもなく、純粋にツールとしての言語を学んでいきたい。それがあづのささやかな目標です。

↓ 中国手話の「結婚」です。
b0074017_4321646.gif

[PR]
by azu-sh | 2006-05-02 04:36 | 「あづ」の中国手話教室
 以前、あづが公園で聾唖者グループに飛び込んで中国手話を教えてもらったという話をご紹介したことがあります。(まだ読んでない~という方は「あづ」の一筆コラムというカテゴリをクリックして読んでみてくださいね♪)
 あづがなぜそんなに手話に興味があるかと言いますと、小学校低学年の頃から周囲に聾唖者の友達が何人もいたからなんです。手で会話をしている彼らを見て子供心に(かっこいい!仲間に入りたい!)と思い、はやる気持ちを抑えて「ねぇ、あづにも教えて」と言ったのがそもそもの始まり。耳が聞こえないってどういうことなのか、まして聴覚障害者を取り巻く社会問題など何も知らなかった。ちょうど英語を習うような感覚で手話に興味を持ったんですね。
 最初は「チューリップの歌」を手話で歌ってみたり、指文字五十音表をトイレに貼って覚えたり。単に友達と遊ぶ時の会話手段としてしか考えていなかったので、進歩はきわめてゆっくり。けれど、中学生になった頃から手話の奥深さに目覚め、自分で本を買っては勉強するようになりました。高一からは講演会などで通訳もするようになりましたが、最近使わなくなったせいかめっきり忘れてしまい…言語は磨き続けないとやっぱりダメですね。上海の聾の友達に「ねぇ、日本の手話で○○はどうやるの?」と聞かれても記憶がすっとんでいる始末。

 そんなこんなで手話から少し遠ざかっていたあづですが、うれしいことにここ上海でも聾の仲間と知り合うことができました。あづのような中途半端な外人学習者にも根気よく付き合ってくれる、ユニークな面々。手話での会話に懐かしさが刺激され、早速書店に行って中国手話の手引書を買ってきたはいいのですが…あれ?みんながやってる手話と本の手話がちょっと違う。な、なんと、手話にもれっきとした「上海語」なるものがあったんですね。おそるべしサンへー文化。
以下、手話関係のニュースをちょっとご紹介しますと…。

  ◆绝大多数上海聋哑人掌握的都是沪语手语,由于手势不同,在与外地或国外聋哑人沟通时常会产生阻碍。…记者从市聋人协会获悉,目前上海17万聋哑人中会标准手语的不到5%。
 (上海に住む聾唖者の大多数が使用しているのは「上海手話」であり、手話表現の違いゆえに国内外の他地域に住む聾唖者とのコミュニケーションに支障をきたしている。…上海市聾唖者協会によると、現在上海に住む17万の聾唖者のうち中国標準手話を理解できる割合は5%に満たないという。)
  ◆手语也有方言?市聋协手语翻译边海琴告诉记者,每个地区的聋哑人都有自己约定俗成的手语表达方式。比如“早晨好”,北京手语是左手先伸出食指,然后右手的大拇指和食指,沿着左手食指平行划过后,在胸前翘起大拇指。而上海手语则是右手沿着下巴自下而上划出一条弧线,然后在胸前翘起大拇指。
 (手話にも方言があるのだろうか?上海市聾唖者協会の手話通訳者・辺海琴の説明によると、どの地域の聾コミュニティーにも自分たちの間でのみ通用する手話がある。たとえば「おはよう」という朝の挨拶、北京手話ではまず左手の人差し指を立て、右手の親指と人差し指を左手の人差し指に沿って平行に動かした後、右手の親指を立てて表す。しかし上海手話では右手をあごの下にあて、弧を描くように横に動かしてから右手の親指を立てる。)

 この記事を読んで初めて気づきました。あづが使っていた中国手話の「おはよう」は見事に上海方言でした。こりゃ、先が思いやられます…。(つづく)
(注:新聞記事は中新上海網2005.8.8付からの抜粋翻訳です。by azu)

↓ 上海の大学生が手話を習っています。「ゆびきりげんまん」のように両手の小指をからませる、これは「上海」という手話です。もちろん全国的に通じます。
b0074017_13221978.jpg

[PR]
by azu-sh | 2006-04-30 13:30 | 「あづ」の中国手話教室
 上海市内の魯迅公園や中山公園に行くと、ものすごい人だかりなのに話し声も歌声も聞こえてこない、一風変わった団体に出くわすことがあります。数十人……いや多い時はざっと数えても百人くらいいるでしょうか、集まって何やら熱心に話し込んでいるのに、なぜか辺りはとても静かなのです。不思議でしょう?でもこれにはちゃんとワケがあります。
よ~く目を凝らすとわかりますよ。そう、せわしない手の動きが物語っているとおり、彼らは手話でおしゃべりしているのです。つまり、聴覚障害者なんですね。それにしても中国の聾唖者って最高にパワフル。「仲間に入れてよ」と言いたくてウズウズするくらい、楽しげに夢中になって会話をしています。中国の公園はおもしろい発見がいっぱいの宝箱だけど、こんなに引き込まれる光景を見たのははじめて!あづは思わずその場に立ちつくして見とれてしまいました。(すごい……わたしもやってみたい♪)手話って十本の指だけでどんな深遠な話題でも語れてしまうミラクル言語なんですよ、“ボランティア”とか“障害者との交流”とかそんな社会的建前は抜きにして、ひとつの外国語として魅力的じゃないですか?

 どうしてもガマンできなくなったあづはある日、彼らの輪に自ら飛び込んでみることにしました。といっても中国手話は何ひとつできないので、まずは筆談で!持っていたメモに「皆さんと友達になりたいです。ぜひ手話を教えてください」と中国語で走り書きし、まずはやさしそうな中年の女性にそっと近づいてみました。(嫌がられたらどうしよう)(言いたいことが全然伝わらなかったらどうしよう)とあづの心臓はかなりの勢いでバクバク……。
 その女性は突然声をかけてきたあづを見て最初はびっくりしていましたが、わたしの顔とメモに書かれた言葉を何度も何度も交互に見て、ついに「うんうん」と笑顔でうなずいてくれたではありませんか!やったー、コミュニケーションできた!そうこうしているうちに近くのベンチに座っていた人たちも(なんだ、なんだ?)(その子は新入りか?)という感じで近寄ってきて……いつの間にかあづは手話の嵐の真ん中にいました。
 しかし、わ、わ、わかんないぞーっ(汗)!ここでは中国語をどんなに正確に発音したって、彼らには聞こえないのです。動作と表情、口パクと筆談。これらを駆使してもたぶんこっちの話はほとんど通じてない。でもあづの体当たりコミュニケーションはなかなかうまくいきましたよ♪(えっ、日本人なの?)(あなたは聞こえる人なの?)ほとんどの聾唖者にとって、あづは初めて接した外国人だったのでしょう、みんな興味津々。(相手にされなかったらどうしよう)なんて心配したのが恥ずかしくなるくらい、皆さんフレンドリーでわたしの何倍も積極的でしたよ。

 中国の手話もちょっとだけ教えてもらいました。「ニーハオ」と「シエシエ」、文章では「わたしは上海に住んでいます」「手話を覚えたいです」というのを習いました!(でも難しくて、覚えるのは大変!)実はこの時手話の輪に飛び込んだのがきっかけで、あづは自分と同世代の聴覚障害者たちと仲良くなれたんですよ。彼らとの筆談を通して、中国の福祉事情やみんなの夢、独特の世界観を知ることができ、またひとつ世界が広がったような気がしています。
[PR]
by azu-sh | 2006-04-12 22:58 | 「あづ」の中国手話教室