★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ:「あづ」のロシアな時間( 2 )

 うつ病の症状のひとつ「早朝覚醒」のせいで、朝早く目が覚めてしまいます。 まだ寝足りないのに、連日早朝に目が冴えてしまうんです。睡眠導入剤はあくまで“導入”部分にしか効かないのでしょうか。そういえば、昨日体のあちこちに紫に変色した打撲跡があるのを見つけてビックリ。友達に「酔っ払いみたいに何度も壁にぶつかってたからねぇ」と苦笑されました。薬を飲むと平衡感覚がおかしくなるみたいです。(記憶もないし…笑)

b0074017_16504358.jpg 今朝も四時に目が覚めてしまったので、先月買ったまま見ていなかったDVDを見ることにしました。日本ではめったに公開されないレアなロシア映画も、中国では割と手に入れやすいんですね。これは福州路の上海书城で購入。

← 今日見たのはコレ。
 Президент и егo внучка
 总统和他的孙女(大統領と孫娘)
 中国語字幕付き
◆どんなお話?◆
 12歳になるマーシャはモスクワに住む貧しい家の女の子。お父さんはとっくに亡くなり、売れない画家であるお母さんと二人暮らしです。ある日、ひょんなことで手に入れた招待券を持ってクリスマス仮装パーティーに行くことになりました。その会場には彼女と瓜二つのもう一人のマーシャも来ていたのです。もう一人のマーシャとは、なんとロシア大統領の孫娘。そうとは知らない大人たちが二人を間違えてしまったからもう大変。貧しいマーシャはお姫様に扮し、お姫様になり損ねた大統領の孫娘マーシャはなんとチェブラーシカの着ぐるみを着ることに!(←あづにとってはこっちの方が魅力的…)そしてこれを境に二人の生活も入れ替わってしまうのです。宮殿(大統領官邸か?!)で何不自由のない生活を送っていた少女は突然貧しい家の子に、路上で新聞を売っていた貧しい少女は突如として大統領の孫娘に。慣れない環境の中で戸惑いながら日々を送る二人のマーシャ。その後、驚くような事実が判明し…。

◆あづのコメント◆
 ロシア映画には暗いイメージを持っていましたが、これは家族で楽しめるホームドラマとしていち押しです!(でも日本では未発表だったりして…^^)「ふたりのロッテ」や「王子とこじき」に共通する、ミステリアスな双子の運命を題材にしたストーリーもかなりわたし好みでした。権力を武器にしていた近寄りがたい大統領が最後には銃を水槽に投げ、労働者たちと一緒に路上でウォッカ入りビールを飲むシーンがとてもロシアらしいと思いました。ナチュラルスピードのロシア語は少ししか聞き取れませんでしたが、とても美しい言語だなぁと改めて思いました。(←おいおい、英語はどうした?笑)

◆ちょこっとロシア語復習◆
 この映画ではこんな家族呼称が何回も出てきました。ロシア語の響きってどことなくかわいいですよね♪お宅でも使ってみてくださいな。
дедушка(ジェードゥシカ) おじいちゃん
бабушка(バーブシカ)   おばあちゃん
папочка(パーパチカ)   パパ(小さな子が使う)
мамочка(マーマチカ)    ママ(同上)
сестра (スィストラ)      姉、妹
дочь   (ドーチ)        娘
внучка (ヴヌーチカ)     孫娘
※おまけ… あづの大好きなЧебурашка(チェブラーシカ)↓
b0074017_16531679.jpg

[PR]
by azu-sh | 2006-09-09 17:04 | 「あづ」のロシアな時間
 最近、どうしてもロシア民謡を聞きたくなって三枚組のCDを買ってきました。いつも同世代の人に珍しがられるのですが、わたしはロシア民謡が大好き。物悲しくしっとりとしたメロディー、哀愁の漂う歌詞、決してウキウキするような音楽ではないけれど不思議と心が落ち着きます。トロイカ、カチューシャ、ポーリュシカポーレ…日本でも古くから親しまれている曲がいっぱい。
 あづがロシア民謡で一番好きなのは中国でも有名な「モスクワ郊外の夕べ」という曲です。1955年に作曲され、1957年にはモスクワ青年フェスティバルのテーマ曲となった歌。後にジャズっぽく編曲され、世界的にヒットしました。今のところわたしがロシア語で歌える唯一の歌(笑)。歌詞はこんな感じです。

Подмосковные вечера

Не слышны в саду даже шорохи,
Всё здесь замерло до утра.
Eсли б знали вы, как мне дороги
Подмосковные вечера.

モスクワ郊外の夕べ

庭の木々もそよがず
ものみな静まる
宵やみを二人ゆく
モスクワ郊外の道  日本語詞:関 鑑子
(日本語訳詞は何種類もあるそうです。)

 中国に住む中年以上の人たちは、みなロシア音楽やロシア映画に特別な思い入れがあるといいます。もちろん当時の政治的背景が関係しているのですが、人が青春時代に親しんだ芸術というのはいつまでも心の中で生き続けるものなのでしょうね。そういえばあづも上海で知り合ったある年配の大学教授と一緒に「モスクワ郊外の夕べ」を歌ったことがありましたっけ…。なぜか皆さんロシア語で歌えるんですねー。
 あづが今回買ったCDの中にも、当時の時代背景をしのばせる政治的な歌がいくつも入っていました。日本で出回っているロシア民謡のCDにはたぶん絶対入っていないであろうレアな曲たち。そのうちのひとつが「Москва-Пекин」(モスクワ-ペキン)という曲です。ロシア語で歌われる中国人民への友好歌で、ロシア語歌詞には“毛主席”まで登場します。
 1950年代後期から60年代初めにかけて、中国の中央人民広播電台(ラジオ局)では毎日午後五時からソ連モスクワ国家ラジオ局による中国語番組を放送していたそうです。この番組のいわゆる“オープニングテーマ”だったのが、この「モスクワ-ペキン」という歌でした。毎日五時になると、勇ましく高らかに歌い上げたこの行進曲が町中に流れていたとか。しかし中ソ情勢の変化に伴い、この番組もそしてこの歌自体も時代の中に置き忘れられてしまいました。
 日本人のわたしが当時の複雑な国際事情について理解できることはあまりに限られています。でも日本では「懐メロ」くらいにしか思っていなかったロシア民謡を中国で聴くと、やはり半世紀前の両国の歴史に思いをはせずにはいられないのです。
 しかし…あづが買ったこの民謡CD、露店ではなくちゃんとしたCDショップで買った正規版ですよ。ああそれなのに、ロシア語民謡に混じってなぜか日本語の“浜辺の歌”が収録されているではありませんか。「あし~た~は~まべ~を~さ~ま~よえば~♪」…やってくれますね。毎度ながらのおとぼけ商品。ロマンチックな夕暮れ時のモスクワに飛んでいたあづの心が、一瞬にして日本の浜辺に引き戻されてしまいました。(笑)

b0074017_16254075.jpgЗдравствуйте.меня зовут “Адзу”.Я живу в Шанхае. Сейчас я изучаю русский язык и китайский язык.Русский язык сложнее Китайского.Я ещё плохо говорю по-русски.

(訳:こんにちは。わたしの名前は「あづ」、上海に住んでいます。今ロシア語と中国語を勉強しています。ロシア語は中国語より難しくて、まだうまく話せません。)

うーん、あづのロシア語…この二年というものちっとも進歩なし。早くこの続きが書けるようがんばります…!(^^;)
[PR]
by azu-sh | 2006-06-24 16:28 | 「あづ」のロシアな時間