★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


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カテゴリ:「あづ」の保存版上海日記( 10 )

当今时代金钱时代  今のご時勢はカネの時代
诚实被虚伪所取代  嘘が誠意に取って代わる
人生途径成功失败  人生行路を隔つ成功失敗
成功者被拥护爱戴  成功者だけが持て囃され
失败者被蔑视迫害  失敗者は社会のゴミ扱い
自谋私利亲友出卖  私欲のために友をも売り
道德伦理日渐变坏  徳や論理は日々落ちぶれ
为了钞票不分内外  カネの為なら外内分けず
观其发展自叹无奈  目にはすれども無力な我
顺其自然追随时代  時勢に添い身を任せれど
不要认为稀奇古怪  奇妙奇天烈と思うなかれ
社会弊病相当存在  この社会の病は相当重い
抓住机遇无能等待  時機を捉え逸するなかれ
遇到挫折自尊自爱  挫折に遭いて自愛を知る
有钱人们消遣自在  カネ持ちは遊んで暮らし
穷苦百姓视目认待  貧しい庶民は唾飲むのみ
请问现在什么年代? さて今は何の時代だろう
法律认可严惩不贷  法律とて其れを罪とせぬ
丑恶现象虽然古怪  醜悪な事実は異常とても
哪能尽住阳光曝晒。 陽に暴かれる事は免れぬ。

沈汝容(沈三宝)(あづのつけたあだ名・ゴリラどん)

 わたしはこの“ゴリラどん”の詩を読んで涙を抑えられませんでした。彼が書いた「挫折」というのはうつ病を含む精神病のことだとのことです。これを聞いた時、わたしは社会で「異常」と表現される彼らこそ「正常」な神経の持ち主なのではないかと思いました。「異常」なのは社会のほうなのです。この詩を書いた彼は決して裕福でも学歴のある人でもない、わたしと同じ上海市内の精神病院の入院患者です。彼の叫びをどうしても日本語でも読んでいただきたく、つたない訳ですが試してみました。リズムはともかく、まともな辞書が今手元にないので正しい意図が伝わるかどうかちょっと不安なのですが…。ゴメンナサイ。
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by azu-sh | 2006-11-25 19:30 | 「あづ」の保存版上海日記
 ここしばらく香港旅行の話題ばかりだけど、今日は観光地紹介ではなく香港での「人との出会い」について書きたいと思う。

 今回、わたしは香港人の友人Kちゃんの自宅にホームステイさせてもらった。彼女の両親に会うのは今回が初めて。「うちのお母さんは今“普通话”(標準中国語)を勉強してるんだよ」とKちゃん。小学校から授業で教わるせいか、香港の若い世代では標準語が急速に普及している。買い物に行ってもたいていの若い店員さんは問題なく標準語が通じるので、広東語ができなくてもコミュニケーションには困らない。でもひとつ上の世代となると話は別。標準語教育を受けてこなかった中年世代では、流暢な英語が話せても標準語はしどろもどろ…という人が少なくないのだ。
 あづの母親と同い年であるKちゃんのママもまたそのひとり。明らかに広東なまりの発音で、声調もあやふや。でも努めてゆっくりはっきり話してくれるので、わたしでも十分聞き取れる。
 ある話の折、彼女がこう言っているのを耳にした。
「…我想好好欣赏自己的生命。」(私は自分の命を高く評価したい)
 その場にいた他の友達は普通に聞き流してしまったかもしれないこの一言。けれど “命”とか“生きる”といった言葉に敏感なわたしにとっては、ある意味衝撃的な言葉だった。どうしてもこの言葉が耳について離れなかったわたしは、二人きりになったのを見計らってKちゃんのお母さんにそっと聞いてみた。
「どうしたらそう思えるんですか?」

 Kちゃんのお母さんは、以前は自分自身も自らに対する要求が高く、常に人と比較してしまい、それゆえに自分に失望しがちだったことを打ち明けてくれた。
「あづは“爱人如己”(己の如く人を愛せよ)という言葉を知っているかしら。私は長年、この言葉の“爱人”(人を愛せよ)という前半部分の意味しか考えたことがなかったの。でもある時初めて、後半部分の“如己”(己の如く)という二文字の存在に気がついたのね。“如己”というからには、『あなたが自分を愛し、いとおしむのと同じように』他の人にも親切にしなさいという意味だったのよ。つまり、人を愛する前提として自分を愛することがまず必要だということがわかったの」
 確かにそうだ。「己」を愛していない人が「己の如く」何かを愛するなんて無理な話。わたしはうつ状態になると極端に自己評価が低くなり、自分で自分を罵ったりけなすこともしばしばあった。「自分を愛する」なんて一見ナルシストみたいだけど、Kちゃんのお母さんが言いたいのはきっと「自尊心」のことだと思う。まずは自分の存在を肯定してあげること、そこからスタート。「あづも自分を大切にすることを覚えなさい」とKちゃんママ。あの「欣赏生命」というセリフは、長年の葛藤を経て彼女が「獲得した」人生観だったのだ。そう思うと、とても重みがある。

 Kちゃんのお母さんとは初対面だったけれど、この一件で一気に親しみが湧いた。いろいろな国を旅したことがあり、二十ヶ国を超える外国の人々を家に招待したことがあるという国際派一家。「日本にも何度か行ったのよ」と話してくれたので、「日本の印象はいかがでしたか」と聞いてみた。お母さんは「そうねぇ…」というようにゆっくり言葉を選びながらこう言った。
「日本はとても丁寧で美しい国だった。ただね、ひとつ気になったのは…ほら、日本で買い物するとたとえどんなに小さな物でも、買ったものをきれいにラッピングしてくれるでしょう。必要以上と思えるほど、可愛らしい小箱や包装紙やリボンで飾り立てて手渡してくれる。時にはラッピングばかり立派で中身とそぐわない時もある。それがね、日本人のイメージとよく重なるの。私から見て日本人はみんな“ラッピング”してるように思えてならないのよ。見かけは物腰が柔らかくて礼儀正しくておとなしい、でも“本来の自分”を包装紙の中の見えないところにしまっているような気がするの。その壁がとても厚く感じて、ここはなんて特殊な国だろうって思ったわ」
 …日本人はみんな“ラッピング”している。
 香港の人がそう形容するのを聞いて、わたしは思わずうなってしまった。ああ、なんだかすごくよくわかる、本当にそうかもしれない。自分がいい例だ。無意識のうちに、日本社会で一般に良しとされる振る舞いに徹している自分。本音はひたすら内輪だけにとどめ、公には当たり障りのない言葉しか話さない。コミュニケーションで最も気をつけているのは、何はともあれ角の立たないようにすること。それは決して悪いことではないけれど、自由に自分を表現することの心地よさを知っている人たちから見たら、不自然に違いない。

 香港旅行が「自分を愛すること」「自分らしくあること」について考えるチャンスになろうとは、思ってもいなかった。実はわたしは自分の今後の計画について迷っていることがあり、香港の友人に相談してヒントをもらいたいと思っていた。自分で決定を下すより、誰かに勧めてもらったものに従うほうがラクだからだ。でも香港でKちゃんのお母さんと話しているうちに突然、(やっぱり自分の計画は自分の意思で決めよう)と思えてきた。この意識の変化が、今回の旅の最大の収穫だったかもしれない。
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 ありがとう、香港。ありがとう、Kちゃんママ。
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by azu-sh | 2006-08-24 09:30 | 「あづ」の保存版上海日記
 夕べ、上海体育館の近くを歩いていたら涼しげな夏アイテムが眼に飛び込んできました。なんと日本仕様の女性用甚平、25元(約350円)♪赤地に大きな朝顔の柄&ところどころにホタルが飛んでいるなんて、純和風。日本輸出向けに作られた製品の流れモノでしょうか、品質表示タグが正しい日本語で書いてあります。「ほしいなぁ」「かわいいよね」…一緒にいた日本人の友達もうさぎと桜の柄の甚平に釘付け。結局、わたしと彼女と一着ずつお買い上げ♪なかなかいい買い物をしちゃいました。

 日本にいる時は、日本人が培ってきた服飾文化にちっとも興味がありませんでした。着物なんて3歳の時以来着たことがないし、浴衣も持ってない。卒業式でも袴は着なかったし、とうの昔にハタチ過ぎてるのに振袖も着たことがない。母も着物には一切興味なし。
 そんなわたしだったのに、上海に着てからむくむくと民族衣装に興味が湧いてきました。いろんなデザインのチャイナドレスや時代劇で見る古代中国の“唐服”もステキだし、韓国の宮廷ドラマでは料理よりもハンボク(チョゴリ?!)に夢中になってしばらくマイブームになっていたし、中国の少数民族が身につけている細かい刺繍の施されたスカートや重い頭飾りはどんなに見ても全然飽きない。それぞれの民族が長い時間をかけて編み出してきた服飾文化の多様さと複雑さには、目が覚める思いでした。そして日本人が大切に受け継いできた「和服」という美しい伝統に、改めて興味を覚えたのです。

 上海の女の子たちもまた、和服に興味を持っています。「ぜひ一度和服を着てみたい!」そんな友人たちを家に招いて、簡単に着付けしてあげました。(着物を着て出かけるわけではなく、あくまで記念写真を撮るだけなのでごくテキトーな着付けです、あしからず。)
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<↑民族衣装フリークの銭さん。超ダッシュ5分程度で着付けたので、既に少々着くずれ気味…(笑)しかし大満足の彼女は次々とポーズを決めてくれました。>
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<↑左が友人の李さん。蝶のついた緑の振袖が彼女の雰囲気にぴったりでした。右はマネキンに着付けてみた、あづの大好きな一着。>

 この他、ドイツ・韓国・トルコから来た留学生にも日本の振袖や浴衣を体験してもらいましたよ。国は違えど、女の子が初めての和服に腕を通す時に見せる表情ってみんな同じなんですよね。着付けてもらっている時のワクワク感、鏡に映った自分を見てドキッとする瞬間。「長年の夢が叶ったよ、本当にありがとう!」「中国留学が終わったらぜひ日本にも行ってみたい!」…各国から来た学生たちに片言の中国語でそう言われると、あづの心もホットになります。おしゃれって女性の世界共通語なんだね。

 いよいよ八月、あづは朝顔柄の甚平で夏を優雅に過ごすぞ~♪
 しかしこの甚平を買った時、わたしはずっとお店のおばちゃんから上海人だと思われていた模様…。
「(わたしの友人を指差して)彼女は確かに日本人だけど、あんたは日本留学から戻ってきた上海人だろう。やけに日本語がうまいが、日本人ではないね」
 なんでよ、なんでよー?最近「日本語なかなか上手だね、どこで習ったの?」とよく聞かれるわたし。着付け習うのもいいけど、先に日本語磨いたほうがいいのかも…。トホホ(^^;)
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by azu-sh | 2006-08-02 08:05 | 「あづ」の保存版上海日記
 数日前、南京から友人が遊びに来た。あづより三つ年上の中国人女性。片道四時間も電車に揺られて上海に来るというから何か特別な用事があるのだろうと思った。『上海で仕事でもあるの?』と携帯メールで尋ねると、『ううん、あづに会うのが目的。他には何も予定してないよ』との返事。
 彼女に会うのは実はこれが二度目。初めて会ったのはかれこれ一年ほど前になる。共通の友人がいたのがきっかけで知り合った。日本語は全くできないけれど、コミュニケーションの姿勢が他の人と全然違う。わたしが一年前に話したことをわたし以上に覚えているのだから、驚かされる。第一印象は「なんて聞き上手な人だろう」ということ。真剣に話を聞き、優しく続きを促してくれるから、ついつい心にあるものを吐き出してしまう。中国に来てからこんなにどっしりと気持ちを受け止めてくれる話し相手に会ったのは初めてだった。

 最近、なぜか思考が自己否定的になってしまう。何か誤ったことをした当然の報いなのではないか、自分がいると皆の足手まといになるのではないか、自分は人間として決定的な欠点があるのではないか…。こんなクライ考えがつきまとって離れない。あーぁ久しぶりだ、この感じ。もうなくなったと思っていたのに。
「みんながわたしのこと嫌ってるわけじゃないことは知ってる。わたしが邪魔だなんて言う人は確かに誰もいない。でも自分が自分のこと邪魔なの。どうしても自分自身を説得できないの」
 彼女はすぐにあづの手を取って言ってくれた。
「あづ、よく聞いて。あづは今うつの症状が出てるの。性格の問題じゃない。病気の症状なの」
 彼女にそう言われた時、ちょっとだけ心が納得してくれた。わがままで甘ったれなあづ。「病気のせいだよ」って、その一言だけ言ってほしかったんだよね。

 翌日、彼女から携帯にメールが届いた。
『现在你要清楚意识到疾病会给你带来诸多消极看法……我相信你一定能够应付!』(ネガティブな思考が次々と浮かんでくるのは病気のせいだってこと忘れないで。あづならきっと乗り越えられるって信じてる!)
 …すぐ返信する気になれなくてごめんね。
 でも、ありがとう。味方になってくれてありがとう。

 今日から七月。
 カレンダーをめくって、ちょっとだけ上を向いて、
 わたしの心にも夏の太陽を浴びさせてみよう(^ ^)
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by azu-sh | 2006-07-01 03:09 | 「あづ」の保存版上海日記
 中国にいると、お隣の国なのに日本とはまったく異なる風景や人情に出会うことがある。そのたびに、世界を創った神様がいるとしたら頭がとっても柔軟な芸術家に違いないと思う。もしも神様が独創性に乏しい、自分の型にはまった製作者だったら世界はとてもこうはならなかった。世界が美しいのは「多様性」に満ちているから。そしていっそう多様になっていく可能性を秘めているから。
 外国に住むと、自分の生まれた国を見つめ直すようになるという。それまでさほど興味のなかった風景が突然いとおしく感じられたりする。先日杭州のある店に入った時、ふと日本の写真集を見つけた。それが売り物だったのか、単なるインテリアだったのかはわからない。思わず手に取ってページをめくると、日本の美しい四季の写真が目に飛び込んできた。散りゆく桜、初夏の新緑、梅雨に濡れたあじさい…。
 心に涼やかな風を感じた。二つの国の美しさ。“たとしへなきもの”のように、比べようがない。

たとしへなきもの。夏と冬と。夜と昼と。
雨降ると照ると。若きと老いたると。
人の笑ふと腹立つと。黒と白と。
思ふとにくむと。藍と きはだと。雨と霧と。
同じ人ながらも 心ざし失せぬるは
まことにあらぬ人とぞ おぼゆるかし。
                          「枕草子」清少納言


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(比べようがないもの。夏と冬と。夜と昼と。
 雨降ると照ると。若者と年寄りと。
 人が笑うのと怒っているのと。黒と白と。
 愛するのと憎むのと。藍と黄と。雨と霧と。
 同じ人でも自分に対して愛情のなくなった人は
 本当に別人のように感じられる。)


 心ざし失せぬる人は、そばにある美しさに気づかない。自分の内にある美しさにも気づかない。比べようのないひとりだからこそ、わたしがここにいることには十分な意味がある。わたしがいなくなったら世界が不完全になる。…せめて今だけ、一瞬だけでもそう思っていたい。
 雨の日の思考はとりとめがない。

 たとしへなきもの。かの国とこの国と。あなたとあの子と。あの子とわたしと。
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by azu-sh | 2006-06-14 13:57 | 「あづ」の保存版上海日記
 「ねぇ~ほんとのほんとに日本人?!じゃあ何か日本語しゃべってみてよ~」
 いたずらっぽい目でわたしをからかってきたのは媛媛(ユエンユエン)、小学校三年生。そう、またまたあづの小学生友達の一人である。あれはあづが、元小学校教諭だったという楊(ヤン)おばさんの家にお邪魔した時のこと。「あづ、本を読んであげたら?」と楊おばさんに言われ、中国語の絵本を楊おばさんに借りて媛媛と一緒に読むことにした。題は「ノアの箱舟」、聖書中の物語である。昔々、人間社会が悪にまみれている様子をご覧になった神様が、地球規模の洪水を起こして人類を滅ぼした。神様を信じる敬虔なノアとその家族合計八人だけが箱舟に乗って洪水を生き延びるのだ。「船」という漢字は分解すると「舟」「八」「口」、つまり「八人家族が船に乗っている」という由来があるという話もしてあげた。
…下雨之后再次有阳光,天空时常会有彩虹出现。彩虹有很多美丽的颜色。上帝说:“我答应永不再用洪水毁灭所有人类和动物。我把彩虹放在云里。每逢彩虹出现,我看见就会记起我所作的这个应许。”
 (雨があがって陽がさすと、空に虹が現れることがあります。虹はいろんな美しい色をしています。神様はこう言われました。「わたしは二度と再び、洪水で人類と動物を滅ぼすことをしない。そのしるしとして雲の間に虹をかけよう。そして虹を見るたびにわたしはこの約束を思い出そう。」…)

 お話を読み終わると「ねぇクイズ出して!」とせがまれた。そこで物語や挿絵からちょっとひねったクイズをいろいろ出してみる。媛媛はクイズが簡単だとご機嫌斜めになるが、すぐに答えが出ないものだと目をキラキラさせて答えてくれる。あづも楽しかったけれど、媛媛の頭の回転の速さにはまいった。クイズに答えるより問題を出すほうが実はよっぽど難しいのである。
 媛媛とこのお話を読んで思い出したことがある。
 あづも幼い頃、母に毎晩絵本を読んでもらっていた。きっとその絵本の挿絵で虹を見たことがあったのだろう、あづは虹が空にかかる七色の橋でごくたまにしか見られないということを知っていた。
 そしてそれを初めて目にしたのが二歳の夏。あの日はとても暑く、母が庭にビニールプールを出してくれた。あづも水着を着てビーチサンダルを履いて、近所の友達と一緒に「キャーキャー」大騒ぎ。その瞬間である。ふと頭上を見上げたあづは驚きのあまり、体が固まってしまった。雲と雲との隙間に、短いけれどくっきりとした七色の虹が見えたのだ。絵本で見た虹、でもこれは絵じゃなくて本物だった。ちっちゃなあづの目にそれはあまりに高く、あまりに不思議で、表現しようのないくらい美しかった。母や友達に「見て!」と言うのも忘れ、あづは一人ぽかんと空を見上げて立ち尽くしていたのを覚えている。
 大きくなってこの出来事を思い出すたび、(いくらなんでも二歳で虹見て感動するなんて早すぎるよなぁ~あづの思い込みかなぁ~)と不安になった。けれど三歳の夏には庭のあるあの家から引越していたので、プールを出して遊んでいたのは間違いなく二歳の夏のはずなのだ。

 あづは「一番古い記憶って何?」とか「今まで見た一番美しい光景って何?」と聞かれると、迷わず「はじめての虹」と答えている。もちろんその後、両端の根元まではっきり見える大きな虹を何度も見たことがある。けれどあづがこの世で最初に見た、あの短くて神々しい虹ほど美しいものはなかった。そして(生まれて最初の記憶が美しい虹だなんてロマンチックだよなぁ~ふふふ…)と一人酔いしれているのである。
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by azu-sh | 2006-05-22 11:05 | 「あづ」の保存版上海日記
 わたしは仕事柄、インターネットで中国語サイトを見ることがよくあります。最近はかなりの数の会社が自らのホームページに英語訳と日本語訳をつけるようになってきました。たまーにこの「日本語訳」を開いてみると…思わずぷぷぷっ。
 例えば室外に取り付ける温度計の販売サイト。この温度計を取り付けると一体どんなメリットがあるのでしょうか。「あなたの外出する時の服装は身につけているように提案して、気温は変化して私恐くなくて、風邪を引くことを免れる」んだそうな。提案されなくても服は身につけてますから!でも「風邪を引くことを免れる」温度計なんて興味深いですよね。
 …なんだか買いたくなっちゃった?では同サイトの「製品Q&Aコーナー」に行ってみましょう。「一枚貼るだけで本当に室外の温度が計れるのか?」という質問に対する答えはコレ。「そうなんです。このようにする簡単さ。ガラスをこすってみてそれを貼りつけて、インストールはだれでもできる。あなたはひとつ買って帰ってやってみて…私を信じて…このように簡単だよ」
 “…私を信じて…”という妖艶なフレーズの魔力に注目。うっかり心が動かされちゃったそこのあなた、落ち着いて。温度計って普通インストールするものでしたっけ?仕事中あづの肩が小刻みに震えていたら、たぶんそんなおもしろサイトに乗り上げちゃったのです。(時々、別のデスクの日本人もお茶を吹き出したりしてますが。)
 しかしいかにも“翻訳ソフトにかけただけ”という日本語でも、たまには詩的な響きを持っていたりしてこれがまた新鮮。例えばコレ。チャイナドレスの販売サイトです。日中翻訳ソフトの産物だとは思いますが、一瞬「近未来派詩人」による詩かと思いました。

 垂直は飾る 完全な塵を
 まだ満たすためにある贅沢な夢を……乾燥しなさい

  
 ミヒャエル・エンデ作「はてしない物語」の中に、アルファベットをランダムにならべ続ける廃人たちが登場したような…。あらゆる書物は文字の羅列である、ゆえに一つ一つの文字をランダムにならべていく作業をひたすらやっていると、ふとした瞬間に偶然「意味を持つ単語」が出来上がったりする。これを永遠に繰り返していれば書き記されるべきすべての書物がいつしか出来上がるはずだという…。文字通り果てしのない話です。
 上のサイトを見た時、(まるでその作業から編み出されたようなフレーズだなぁ)と思い、しばし我を忘れて何度も読み返してしまったあづでした。
 まったく何してるんでしょうね、仕事中に。…ん?仕事中…?

 いけないっ!こんなコラムを書いてる場合じゃない。早く仕事に戻らなきゃ!
実は今も仕事中のあづでした…。(本日は自宅勤務なり…!)
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by azu-sh | 2006-05-17 14:59 | 「あづ」の保存版上海日記
 最近あづが乗り物に乗っている時、なぜか周りでおもしろいことが起こります。それもわたしの気分がふさいでいる時に限って。
 例えば朝の出勤時、片足でしか立てないくらいの超満員地下鉄の中で大喧嘩してたオバさん三人。怒鳴り声の音量もすごいけど、その内容がまた聞けたもんじゃない。(朝からこんな車両に乗っちゃって、ツイてないなぁ…)とあづがうんざりしていると、ついに業を煮やした一人の男性が「おっかねぇなぁ~!」と大声で抗議。それまで緊張の糸が張り詰めていた満員車両が突然爆笑に包まれました。ぎゅうぎゅう詰めの地下鉄で、同じ車両の人たちが一斉に吹き出すシーン、想像できますか?身動きの取れない状態で笑いの種になってしまったヒステリーオバさん、さすがに口をつぐんでしまいました。

 これは夕方のバスの中で。やはり満席で、あづは隣りの人に押されながらも手すりにつかまり、かろうじてバランスを保っていました。頭上では車内テレビが今日のローカルニュースを流している時間。耳だけそちらに向けて聞いていると「本日、上海動物園で老人がトラに咬まれました」という恐ろしいニュースが。おしゃべりをしていた人たちも思わず口を止めて乗客が全員息を飲んでテレビ画面に注目。テレビでは“トラに咬まれて負傷したおじいさん”がインタビューを受けていたのですが、とぼけた表情で「いやーあいつとは仲良しで気心が知れてたんだがねぇ~今日は安全柵を乗り越えたら噛み付いてきてね~」。他人事ながらホッとしました。満員バスの乗客がはじかれたように笑い出したのも無理はないかも?

 そしてこれはタクシーでの話。
 その日の午後、用事があったのにあづの体調は最悪。加えて気分があまりに落ち込んでいてどうしても出かける気になれなかったため、直前までグズグズしているうちにバスに乗り遅れてしまいました。仕方なくタクシーに乗ったんですが…この運ちゃんがまた傑作!年は四十代くらいでしょうか、目に入った看板やら標識を次々と即興の歌にしてしまうのです。「信号守って~ルールを守って~そんなの知るか~♪」とか「前方工事中ゥ~車両は迂回ィ~♪」とかね(←もちろん中国語ですよ)。ラジオのCMでペキンダッグの店の宣伝が流れると、そこから約二分間ずっと「ぐわっぐわっ…ぐわーっ」とアヒルの鳴きまね
 赤信号で他社のタクシーが横に止まると「あいつ、新人だぜ」と言いながらボタン操作で助手席の窓を開け、「ヒュ~ヒュ~!」と口笛でからかう始末。前方で白バイに乗った警察が取り締まりをしているのに気づいて、約0.5秒でシートベルトをつけた運ちゃん。車をわざとゆっくり走らせて、他人が警察に捕まっているのをおもしろそうに眺めている…かと思ったら再びボタン操作で助手席の窓を開け、大声で「おーい、罰金いくらだった?」。(な、何聞いてんねん!)と後部座席で目を丸くしていたあづ。警察に捕まっていたドライバーは怒ったような表情で「二百元だとよ!」…運ちゃんはニヤリと笑って窓を閉めるとあづに向かって一言、「おい、警察っていい商売だよな、え?」
 こんなアホな運ちゃんに付き合っていたら、さっきまでのブルーな気持ちはどこへやら。目的地に着いた頃には自然と笑顔になっていたあづでした。

 わたしは日本にいると人目を気にしてしまい、なかなか感情を外に出せません。バスでも地下鉄でも、言いたい文句は飲み込んで、おもしろいことがあっても笑いをかみ殺す。それなのに、ここサンへーでは感情の向くままストレートな行動に出る人の多いこと…。(ムカッ)とくることが多いのは否めませんが、最近は大いに笑わせてもらっています。あははは~!
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by azu-sh | 2006-05-15 22:14 | 「あづ」の保存版上海日記
 ある晩のことである。その日の仕事を終えたあづは上海駅で地下鉄を降り、市内バスに乗り換えた。テレビもエアコンもついていない、今にも壊れそうなガタガタの“一元”バス。客が乗り降りする時でさえ照明はつかず、車内は暗いまま。普段なら一律二元のエアコン付きバスに乗るわたしだが、その日は疲れていて早く家に着きたかったので、目の前に停まっていた一元のバスに飛び乗った。
 あづの“指定席”である一番後ろの窓側の席に落ち着いたつもりだったが、すぐに後悔した。そうだった、古いバスでは後部座席に乗ってはいけないのだ。耳元でものすごいエンジン音が鳴り響き、ガソリンくさい空気が充満しているからだ。でもバスが動き出してから座席を移るのも気がひけた。仕方ない、家に着くまでのガマンだ!

 あづがぼんやりと薄暗い車内を見ていると、一つ目の停留所で一人の男の子がバスに乗り込んできた。もう夜十時近い。あんな小さな子がこんな時間にバスに乗るなんて珍しい。ちなみに日本では「12歳以上は大人運賃」となっているが、中国では年齢ではなく身長を基準とする。身長120センチを超えたら、年齢に関係なく大人と同額の運賃を要求されるのだ。しかしその男の子はどう見ても120センチに達していなかった。
 他の乗客に混じってバスに乗り込んだ彼は、運賃を払わずにまっすぐ後部座席にやってきて、あづの隣りに腰かけた。どうやら同伴の大人はいないらしい。保護者らしい人が見当たらない。少し不審に感じたあづがチラッと横を向くと、ウッと鼻をつくにおいがした。においのもとは……どうやらこの子だ。もしかしてストリートチルドレン?それとも話に聞く子供のスリ集団か?
 思わず手元のバッグをぐいと寄せ、顔を背けながら(あーあ、やっぱり席を移っておけばよかった……)と考えていると、不意に子供の声がした。
「ねぇ、どこまで行くの?」
 突然声をかけられてびっくりしたが、「××路だよ。きみはどこまで?」と答えてみる。すると男の子は遠くを見つめるような表情で「うーんと……えーと、終点!」と言った。わたしは何も返事をしなかったが、その子はかまわずわたしに話しかけてきた。
「あのさ、上海に空港ってある?どこにあるか知ってる?」
「空港は二つあるよ。ひとつは虹橋、もうひとつは浦東。でもどうして?」
 男の子はそれには答えず、続けて質問する。
「ねぇ、その空港に行ったことある?どうやって行けばいいの?」
 あづは、彼が何のためにそれを聞こうとしているのかがよくわからなかった。
「空港に行ってどうするの?」と聞くと、「飛行機に乗りたいんだ」という答えが返ってきた。

 男の子の話では、四日前に湖南省から列車に乗って上海にやってきたらしい。家はとても貧しくて、着るものも食べるものも満足にないという。年は十歳だと言ったが、背格好は六、七歳くらいにしか見えなかったし当然学校には行っていない。上海は大都会だから、子供だけでも上海に行かせれば少なくとも何かにありつけるだろう。大人たちはそう判断したのかもしれない。彼は同じふるさとの別の子供たちと一緒に、列車に乗って上海にたどり着いたという。背が小さいから、切符を買わずに列車に乗り込めたらしい。
「ぼく、父さんと母さんに会いたい。早く家に帰りたい。今日は上海駅で一日物乞いをしたけど、運が良くてもやっと二元か三元もらえる程度なの。ほんとに何にも食べてないんだ。ねぇ、小銭持ってない?」
 家が恋しいという彼の目は悲しげで、顔は薄汚く、表情はあまりにうつろだった。言うとおり、何も食べていないのだろう。わたしはその前にひとつ聞きたいことがあった。
「きみ、飛行機に乗る…ってどうして?」
 彼の瞳に一瞬、生気が戻った。
「もちろん家に帰るんだよ!来る時は列車だったから、帰りは飛行機がいいんだ。知ってる?飛行機ってね、空を飛ぶんだよ。すごくかっこよくて、すごく速いんだよ!ぼく絶対に飛行機に乗るんだ!子供だからどうせタダだもん!」
 そう言った時の彼の顔には、あどけない微笑が浮かんでいた。初めて子供らしい表情を見せたような気がした。でもあづときたら、いとも普通にこう反応してしまったのだ。
「えっ、飛行機は子供でもタダじゃないよ。飛行機乗るのってすごく高いんだよ」
 少年の顔がみるみる曇った。しまった、と思った。たとえウソでも、どうしてうなずいてあげなかったんだろう。あづは突然、強い罪悪感に襲われた。

 こんなにボロボロの服を着て、こんなに小さな体をして。
 バスを終点で降りたって家族は待っていないのだ。遠い道のりをたどって無事両親のもとに帰れたとしても、そこに平穏な日々はない。上海や日本の小学生たちはゲーム機や携帯電話を片手に友達と連れ立って歩き、放課後や週末は両親に送り迎えしてもらって習い事に通う。けれどこの子はこれまで田舎でどんな生活をしてきたのか。中国の農村を知らないあづには皆目見当もつかない。今日物乞いをしながらどんなひもじさに耐えていたのか、あづには想像すらできない。でもきっと、自分のはるか頭上を飛行機が通り過ぎるたびに、それが見えなくなるまで見つめていたに違いない。あんなところを飛んでみたい、と胸をかすかに高鳴らせながら。
 話をしているうちに、あづの降りるバス停が近づいた。次の角を曲がれば、わたしはホストファミリーのいる暖かい団地に着く。あづは隣りの少年にそっと小銭を握らせた。
「さよなら、わたしここで降りるから」
 男の子は何も言わなかった。あづも振り返らなかった。

 あまりにも出来過ぎた話、と思われるかもしれない。でも決して作り話ではなく、一字一句本当にあった話である。
 その晩、あづはなかなか寝付けなかった。ベッドの中で何度も寝返りを打っているうちに、涙がほんの少しほおをつたった。わかっている、現実は変えられない。でも、でも……。

 今後、飛行機から雲海を見下ろすたびにあの子のことを思い出そう。
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by azu-sh | 2006-05-09 09:19 | 「あづ」の保存版上海日記
 中国の「黄金周」、ゴールデンウィークが終った。上海のGW、あづにとっては「試練の一週間」である。なぜかというと、ただでさえ人があふれているこの大都市に国内外各地からの旅行客がどっと押し寄せ、市内が大変な混雑に見舞われることになるからだ。地下鉄では普段以上に揉みくちゃにされ、何を買うにも長い行列に並ばなければならず、観光地に行っても人の頭しか見えない。この時期ばかりはさすがのわたしも「出かけよう」という気になれない。
 そこで今年のGWは友達とゆっくり語り合うために時間を使うことにした。中でもぜひ紹介したい人がいる。あづが上海で知り合った“小学生友達”の一人で、名前は「陽陽(ヤンヤン)」とでもしておこう。陽陽は12歳の女の子。「あづさん、GW空いてますか?」というメールが来たのは連休に入る直前のこと。「もし時間があったら一緒に遊びたいなと思って」。四月に初めて知り合って以来、会うのは二回目だった。

 わたしよりも背の高い陽陽は、初夏らしい白スカートをはいてやってきた。先月知り合った時は、初対面だというのに三時間くらい立て続けにしゃべった。どこか、あづとフィーリングが似ているのだ。まるで12歳の頃の自分と話しているような錯覚に陥る。あづの好きな話題で思いきり語れる、稀有な小学生である。彼女はわたしに聞きたいことがたくさんあったらしく、ケンタッキーに入っても地下鉄に乗ってもほとんど休まずに話し続けた。
 「あづさん、わたし最近考えていることがあるの。オトナはいろんな“正論”をわたしの前に置いて、『これが正しいんだよ』と言って受け入れさせようとする。でもその後で今度は別のオトナがやっぱり同じように『これこそ真実だよ』と言ってさっきとは全然違う“正解”をわたしの前に置くの。わたしは一体どうやってその中の本物を見分けたらいいの?」
 陽陽のジレンマはあづにもよく理解できた。たぶん彼女の今の年齢と同じ頃、あづ自身「真理」について考え始めたからだ。「12年しか生きていない子供の分際で大人の意見を疑う気か。子供に何が判断できる?」と言われそうだが、わたしは善悪真偽の交じり合った情報社会の中で「本物」を見分ける力がほしかっただけなのだ。きっと陽陽もそうに違いない。
 「この間わたしがバスに乗っている時、ホームレスの人が乗ってこようとしたの。運転手さんはすごい剣幕でその人を怒鳴りつけて、乗せようとしなかったんだ。罵倒し続ける運転手さんの言葉があまりにひどくて、わたしは聞いていられなかった。どんな立場の人にだって自尊心あるのに。あなたにそこまで言う権利はない、と抗議したかったんだけど勇気がなくて結局何も言えなかったの。ねぇあづさん、わたしはどうすればよかったんだと思う?」

 彼女は上海の中心地からバスで一時間ほどかかる郊外に住んでいる。そのバス停まで送っていった。先発のバスは既に満席だったので、後続のバスに乗ることにした。
 「あづさん、子供の頃の夢って何でしたか?今、それが叶っていますか?」
 陽陽はバスに乗る前、振り返ってわたしにそう聞いた。とても一言で答えられる質問ではなかった。この町にも「真理」を模索している小さな女の子がいる。あづの親愛なる友・陽陽には、ぜひ広い世界を見て確かな判断力を養い、自分の夢を叶えてほしい。バスに乗り込む彼女に手を振って見送りながら、あづは久しぶりに空を見上げたくなった。

 五月の上海は、思いのほか陽がまぶしい。
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by azu-sh | 2006-05-08 14:29 | 「あづ」の保存版上海日記