★この物語はフランスの作家サン=テグジュペリ著「星の王子さま」のオリジナル続編です。各国のさまざまな人が「自分の出会った王子さま」の話を書いていますが、これはあづと王子さまの出会いの物語。わたしの尊敬するサン=テグジュペリさんにご報告するかたちで書いた四年前の創作童話です。★ 海沿いのコンビニエンスストアの小さな駐車場は、次々に大型トラックが入ってきたため、一時満車状態になりました。男の子の視界は、私の車の左側に停まったトラックにさえぎられてしまいました。でも、私にはわかっていました。たとえそうだとしても、彼にはそのまた向こうの空と海が見えているのです。
私は男の子から一歩も離れたくなかったので、車を移動させることをためらいました。ここからほんの数十メートル先に、海が見渡せる駐車場があることを私は知っていました。でも私は、一瞬でも目を離したが最後、彼が消えてしまうのではないかと怖れていたのです。運転席のシートに手をかけていながら、そこは私には遠すぎました。
「ねえ、お願い。私を飼いならして。きみがキツネや猫にしてあげたように。」
私はふと、自分でも驚くようなことを口にしていました。男の子の目が、また私に戻りました。
「へえ!きみはおかしなことを言うんだね。きみはバラじゃないから覆いガラスをかぶせる必要はないし、ここは砂漠じゃないから真水は買えばいい。でもきみは井戸を探したいって言うんだね!」
彼の言うとおりでした。私が何より望んでいたのは、私の井戸になってくれる人を見つけることだったのです。一度見つけさえすれば、私は砂漠で迷っても宇宙で迷っても、楽しい気分になれるはずなのです。私が冬の夜空を見ても楽しい気分になれないのは、私を飼いならした人が空のどの星にもいないからなのです。
夜十一時四十五分。私が就寝前の薬を飲む時間はとっくに過ぎていました。家からの連絡も友人からのメールもうっとうしくて電源を切ったままの携帯電話は、助手席に放り投げたままでした。
だまりこくったまま私の涙を目で追う彼は、裏地の赤い緑色のマントをはずして、私のひざにかけてくれました。それがいっそう私の涙を誘い、私は声を絞り出すように言いました。
「わ、私にも……笑い上戸の星をひとつくれる?町の夜は砂漠の夜より明るいから、できたら少し大きめの星がいいの。鈴のように鳴る、笑い上戸の星さえあれば……。」
マントもはずした半袖の男の子は、車の内装に興味を持った様子で辺りを見渡していました。彼の笑い声を聞くために何をしたらよいのか、わたしにはわかりませんでした。一度引っ込めた手をもう一度出して、体当たりするかのように私は彼の両肩をそっとつかみました。
「きみが私の井戸になってくれたら、私はもう泣かなくて済むの。水がないから、涙を流すしかないんだもの。」
男の子は動き出した隣りのトラックをちらりと見やると、言いました。
「きみは水を買えると言ったね!近くに井戸がなくても真水は手に入ると言ったじゃないか!それなのに塩からい涙を飲むのかい?」
トラックがウインカーも出さずに国道の流れに戻っていきました。男の子の目の前にはまた、十二月の夜空と海が広がりました。男の子は少し身を乗り出して、海を指差しました。
「あれはもともと、きみの涙でできた井戸なのかもしれないね。出口からあふれて、たまってしまったんだ。塩からいから傷口に染みる。それが痛くて、また水が増えるんだ。ね、そうだろう?」
意味がわかったわけではないものの、私はうなずきました。両目いっぱいにたまっていた涙が、行き所を失って男の子のマントの上に落ちました。光沢のあるきれいなマント、この子の唯一の防寒具を汚すのがしのびなくて、私は急いで涙をティッシュでふき取りました。
「きみはちょっとだけぼくのキツネに似ているなぁ!キツネもぼくに飼いならしてほしいと言ったんだもの。簡単なことさ。ぼくの星があることを思いながら夜空を見上げりゃいいんだ。そうすればきみには全部の星が笑っているように見えて、きみだけの笑い上戸の星が持てるんだ。」
男の子がそう言った時、私の心の中で小さな、それでいて激しい振動が起こりました。最初はいつもの副作用の頻脈かと思いました。あの薬には、厄介な副作用がたくさんあるのです。でも少ししてから、その振動が甲高くて、リズムが一定でないことに気づきました。
それは、笑い声だったのです。黄金の麦のような髪をした男の子の、いつもの、いや最高の笑い声だったのです。
つづく