★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


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 以前、あづが公園で聾唖者グループに飛び込んで中国手話を教えてもらったという話をご紹介したことがあります。(まだ読んでない~という方は「あづ」の一筆コラムというカテゴリをクリックして読んでみてくださいね♪)
 あづがなぜそんなに手話に興味があるかと言いますと、小学校低学年の頃から周囲に聾唖者の友達が何人もいたからなんです。手で会話をしている彼らを見て子供心に(かっこいい!仲間に入りたい!)と思い、はやる気持ちを抑えて「ねぇ、あづにも教えて」と言ったのがそもそもの始まり。耳が聞こえないってどういうことなのか、まして聴覚障害者を取り巻く社会問題など何も知らなかった。ちょうど英語を習うような感覚で手話に興味を持ったんですね。
 最初は「チューリップの歌」を手話で歌ってみたり、指文字五十音表をトイレに貼って覚えたり。単に友達と遊ぶ時の会話手段としてしか考えていなかったので、進歩はきわめてゆっくり。けれど、中学生になった頃から手話の奥深さに目覚め、自分で本を買っては勉強するようになりました。高一からは講演会などで通訳もするようになりましたが、最近使わなくなったせいかめっきり忘れてしまい…言語は磨き続けないとやっぱりダメですね。上海の聾の友達に「ねぇ、日本の手話で○○はどうやるの?」と聞かれても記憶がすっとんでいる始末。

 そんなこんなで手話から少し遠ざかっていたあづですが、うれしいことにここ上海でも聾の仲間と知り合うことができました。あづのような中途半端な外人学習者にも根気よく付き合ってくれる、ユニークな面々。手話での会話に懐かしさが刺激され、早速書店に行って中国手話の手引書を買ってきたはいいのですが…あれ?みんながやってる手話と本の手話がちょっと違う。な、なんと、手話にもれっきとした「上海語」なるものがあったんですね。おそるべしサンへー文化。
以下、手話関係のニュースをちょっとご紹介しますと…。

  ◆绝大多数上海聋哑人掌握的都是沪语手语,由于手势不同,在与外地或国外聋哑人沟通时常会产生阻碍。…记者从市聋人协会获悉,目前上海17万聋哑人中会标准手语的不到5%。
 (上海に住む聾唖者の大多数が使用しているのは「上海手話」であり、手話表現の違いゆえに国内外の他地域に住む聾唖者とのコミュニケーションに支障をきたしている。…上海市聾唖者協会によると、現在上海に住む17万の聾唖者のうち中国標準手話を理解できる割合は5%に満たないという。)
  ◆手语也有方言?市聋协手语翻译边海琴告诉记者,每个地区的聋哑人都有自己约定俗成的手语表达方式。比如“早晨好”,北京手语是左手先伸出食指,然后右手的大拇指和食指,沿着左手食指平行划过后,在胸前翘起大拇指。而上海手语则是右手沿着下巴自下而上划出一条弧线,然后在胸前翘起大拇指。
 (手話にも方言があるのだろうか?上海市聾唖者協会の手話通訳者・辺海琴の説明によると、どの地域の聾コミュニティーにも自分たちの間でのみ通用する手話がある。たとえば「おはよう」という朝の挨拶、北京手話ではまず左手の人差し指を立て、右手の親指と人差し指を左手の人差し指に沿って平行に動かした後、右手の親指を立てて表す。しかし上海手話では右手をあごの下にあて、弧を描くように横に動かしてから右手の親指を立てる。)

 この記事を読んで初めて気づきました。あづが使っていた中国手話の「おはよう」は見事に上海方言でした。こりゃ、先が思いやられます…。(つづく)
(注:新聞記事は中新上海網2005.8.8付からの抜粋翻訳です。by azu)

↓ 上海の大学生が手話を習っています。「ゆびきりげんまん」のように両手の小指をからませる、これは「上海」という手話です。もちろん全国的に通じます。
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by azu-sh | 2006-04-30 13:30 | 「あづ」の中国手話教室
中国の人気童話作家・楊紅櫻さんへのインタビュー

Q:あなたの作品は子供たちの間で大人気ですが、その理由は何だと思われますか?
杨红樱:我觉得我是用孩子们的思维去思维,用孩子们的眼光去观察,用孩子们的语言去表达,我觉得他们在读我的书的时候,一读就懂,一下子读好多本,有阅读上的成就感。
 (楊紅櫻:私は子供の思考で考え、子供の目線で観察し、子供の言葉で表現します。ですから子供たちは内容を簡単に理解できますし、あっというまに何冊も読めてしまうので読書の達成感があるのだと思います。)

Q:「ハリー・ポッター」のような冒険物語やファンタジーものなど様々な児童文学がある中で、子供にとって本当に有益な本をどのように選んであげたらよいと思われますか。
杨红樱:我觉得最关键是小孩子喜欢,根据他们的年龄特征,他们喜欢想象比较丰富的,他们也喜欢反映他们现实生活的作品。就像他们有两只翅膀一样,一只是想象的翅膀,一只是现实的翅膀,一颗童心就可以让他飞翔起来。
 (楊紅櫻:最も大切なのは子供が好きかどうか、ですね。子供たちは年齢的に空想の世界が大好きですし、現実の世界を描いた作品もまた好きなのです。想像と現実という二枚の翼さえあれば子供の心はどこまでも自由に飛んでいけるのですよ。)

Q:我が家の娘は「白雪姫」を読んでから魔女のほうを気に入ってしまい白雪姫は嫌いだと言うのですが……子供の読書に対し親は一体どういった指導をすればよいのでしょう?
杨红樱:我觉得这个家长的意思是,这个巫婆代表恶,白雪公主代表善,为什么这个小孩喜欢恶,不喜欢善?也许这个巫婆的造型,巫婆的一个什么魔术,他喜欢。但他没有那么严重,喜欢到两个那么重大的概念。我估计这个小孩是某一方面,比如喜欢巫婆戴的帽子,巫婆穿的鞋子。我觉得这个家长不用那么担心,他的孩子有可能只喜欢巫婆的某一方面,比如巫婆的长指甲什么的。
 (楊紅櫻:この親御さんの言いたいことはたぶん、「魔女は悪の象徴、白雪姫は善の象徴であるのになぜうちの子は善より悪が好きなのだろう」という意味でしょうか。もしかしたら娘さんは魔女のおばあさんの外見や魔法に魅かれたのかもしれません。子供にとってはどちらを好きであることが正しいとか、そんなに深い意図はないのです。おばあさんのかぶっていた帽子がよかったとか靴がすてきだとか。ですから親御さんはそんなに気をもむ必要ないんですよ。子供さんはあくまで魔女のある一面、例えば長いツメなんかを気に入っただけなんですから。)

Q:あなたが最も重視しているのは誰からの評価ですか?
杨红樱:我更愿意听的是孩子们的评价,如果大人觉得我写的好,我当然高兴。但如果孩子喜欢,孩子对我的评价,我是最看重的。
 (楊紅櫻:私が一番聞きたいと思っているのは子供たちによる評価です。大人が私の作品を認めてくれるのはもちろんうれしいことですが、何より子供たちが好きと言ってくれること、彼らの評価こそ私が最も重視しているものです。)

(注:この記事は2004.4.9付の新浪網より抜粋翻訳したものです。by azu)
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by azu-sh | 2006-04-28 11:06 | 「あづ」のプチ図書館
*ブックデータ*                
書名:那个骑轮箱来的蜜儿
著者:杨红樱(中国・四川)
発行:2004年
出版:作家出版社(日本語版なし)
価格:15元
対象:小学校中学年~高学年            
備考:巻末に「中国新聞出版報」の記者による著者との対談実録あり。
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*どんなお話?*
 臆病で引っ込み思案の孟小喬(モン・シャオチアオ)は小学校五年生の女の子。彼女の家ではこれまで十六人もお手伝いさんを雇ったのに、一家のわがままとママのヒステリーに愛想をつかし誰も長続きしませんでした。そこへ現れたのがミステリアスな蜜儿(ミーア)という女性。人の本心をのぞける魔法のメガネ、姿を透明にできる奇妙なストールを持ち、空中に浮かび上がって照明器具の掃除をする蜜儿はまるで中国版メリー・ポピンズ。子供たちのコンプレックスを長所に変え、ストレスでさえ笑いに変えてしまう不思議な力を持った蜜儿、もしかして伝説の仙女?

*著者について*
 この本の著者である“中国の童話王”楊紅櫻さんは四川省の成都生まれ。小学校の教師を七年務め、さらに七年間児童文学編集に携わった経験を持つ、子供好きの優しいお母さんです。受け持ちクラスの子供たちに読み聞かせるために書いた童話を世に発表するよう勧めてくれたのは、ほかでもない自らの教え子だったそう。こうして外国童話の翻訳本が圧倒的に多かった中国の児童文学界に、中国人作家によるベストセラーシリーズがついに登場。一万冊出版されたら上出来といわれるジャンルにおいて、彼女の出版部数は既に七百万冊を越えています。(楊紅櫻さんへのインタビュー記事も当カテゴリにアップしますのでぜひご覧くださいね。)

*あづのコメント*
 「楊紅櫻童話シリーズ」は全部あづのおすすめですが、この本はその中でも一番最初に出会ったお気に入りの一冊です。中国の小学生の学校生活や放課後ライフ、友達関係や両親とのやり取りをまるで映像を見ているかのように楽しむことができます。(そういえば先日バスの中で見かけた下校中の小学生、熱心に読みふけっていたのはこの「楊紅櫻童話シリーズ」でした。)
 どこかの国も似たようなものですが、とりわけ中国の学校教育では「ほめるより批判」「過程より結果」「個性より順位」が重視されているようです。しかしこの本は、人の価値が外見や成績表で決まるわけではないこと、机にかじりついて教科書を読むだけが勉強ではないことを教えています。両親の離婚危機、多動症のクラスメート、貧しい農村からの転校生なども登場し、子供の社会を取り囲む多種多様な問題にスポットをあてているのも必見。
 「余裕を失った現代っ子たちに喜びを返してあげたい」。子供を愛する一教師が現代社会に突きつけた挑戦状のようにも取れる、中国にしては斬新なタイプの現代学園童話。子供同士の会話が多く(口語を学ぶのに最適!)表現描写が直接的なので、中級以上の中国語学習者にとっても良い読み物教材といえます。
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by azu-sh | 2006-04-27 17:56 | 「あづ」のプチ図書館
 「あづのプチ図書館☆中国童話コーナー」へようこそ! 
 このカテゴリでは、“三度の飯より童話の好きな”私「あづ」が、中国現地で読まれている旬の人気シリーズ本・翻訳本をピックアップしてご紹介します。自分が実際に読んでみて本当によかったものだけを、率直な感想と共に記事にしたいと思っています。
 ……「オトナが童話を手に取るなんてハズカシイ」って?ちっともそんなことないですよ。子供向けに書かれたやさしい童話の中にこそ、その国独特の思想や価値観、教育方針や社会問題がリアルに描かれているのです。中国語を勉強中の方もそうでない方も、童話の中の「中国」をぜひのぞいてみてください。
 あづの好きな中国の作家も言っています。
“让更多的人来看好童话好故事吧,一种好习惯对一个民族整体文化都是有提升作用的。”(「もっと多くの人がよい童話に触れるようであってほしい、そのよい習慣は一民族の文化全体を向上させることになるのだから。」童話作家・楊紅櫻)

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by azu-sh | 2006-04-27 17:42 | 「あづ」のプチ図書館
 今日、とても悲しいことがあった。
 わたしが悲しい時や寂しい時、苦しい時やイライラした時に必ずすること。ペンを持って思いつくままに書き殴ること。この行動パターンはあづが子供の頃から変わらない。小さい頃、母の帰りが晩かった時や不安な気持ちに襲われた時はひたすら童話や詩を書いて過ごしていた。怒りや悲しみといったやり場のない感情を文章の中の第三者に託し、自分が本当にやりたかったことや言いたかったことをわたしの代わりにやらせてみる。相当過激な文章が出来上がるんじゃないかと思いきや、第三者に託したわたしの物語はたいてい穏やかな表現になることが多かった。ひとつ書き上げると、心の痛みがひとつ和らぐ。幼かったあづが無意識に編み出した、自分なりの感情処理法だったのだと思う。
 オトナになった今も同じだ。悲しい時は書くしかない。

 生きていてほしい、きみに。わたしがそう願うのはきみにとって残酷かもしれないね。でもきみは約束どおり、最後にわたしにメールをくれた。極限状態の中で、わたしのことを思い出してくれた。
 知ってる?きみはね、あづにとって最高にいいやつ。助かってほしい。お願い、親友を失わせないで。きみに無断で祈ることにする。
 生きていて、あづの大事な友達……。
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by azu-sh | 2006-04-25 01:54 | 「あづ」の一筆コラム

詩 <創作小部屋(1)>


三時のおやつ

海にゼラチン
何トン入れたら
塩味ゼリーになるのかな
プルプルやわらかな波の上
はだしで走っておにごっこ

街にシナモン
何トンかけたら
三時のおともになるのかな
ちょっぴり大人の雰囲気で
コーヒー入れてクラシック

パパと二人で地球を食べる
今日は特別おなかがすいて
いつもの星じゃたりないの

パパとわたしで地球を食べる
塩味ゼリーとシナモン風味の
ざわめきまどろみゆめごこち
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by azu-sh | 2006-04-25 01:54 | 「あづ」の創作小部屋
 あづがホームステイしているお宅のサンへーパパは、かなり気合の入ったテレビっ子である。定年を過ぎた退役軍人なのだから「テレビっ」というのもなんだが、実はまさにそうとしか言えないのだ。サンへーパパを見ていると、親戚のオバさんが昔よく言ってた「男は結局いつまでも子供なのよ」という名ゼリフを思い出してしまう。
 社交的な付き合いがあまり好きではないサンへーパパにとって、昼間のお供はテレビである。中国のチャンネルの数は半端ではない。広大な中国大陸のどの都市に行っても、必ずその地域のローカル局を見ることができると言われている。中国には県レベルの都市が二千余り分布しているから、地方チャンネルも二千余り存在するといって過言ではないらしい。日本の二十六倍ともいわれるその国土の広さだけでなく、多民族多言語の独特の背景ゆえに地元の文化に適したメディア文化が発達していった結果だろう。現に、上海市内の一般家庭でも何十というチャンネルを受信できる。みんなそれぞれお気に入りの局があるらしいが、うちのサンへーパパは体育チャンネルと文芸チャンネルの常連である。

 ある日のこと。「行ってらっしゃい、ゼウェゼウェ(上海語)!」と言って、出勤するサンへーママを送り出したパパ。今日は彼の日課である“野菜の下ごしらえ”がなぜかもう終わっている。まるでプレステを思う存分やるためにダッシュで宿題を終わらせた小学生のよう。
 ……プレステ?そうなのだ。
 その日、サンへーママが自転車に乗って出勤するのを見届けたパパはいつになく玄関のドアを厳重に閉め、部屋に駆け込むとテレビの前にかがみこんで何かを始めた。わたしはいつもママより早く家を出るので、彼はあづがもうとっくに出かけたと思い込んでいる。そのうち、ピコピコピコ……というゲーム機らしい音と音量を抑えた音楽が聞こえてきた。何かいつもと違うものを感じたあづは、部屋のドアをそうっと開けてサンへーパパの様子をのぞいてみた。
 (あっ、プレステやってる!)サンへーママが家にいる時は一度もこんな姿を見たことがない。椅子に腰掛けて落ち着いてやればいいのに、なんとなくコソコソとしているパパは立て膝スタイルのままである。支度ができてわたしが出かけようとした時、あづの部屋の戸が開いたのに気づいたパパはかなり驚いたらしい。「あぃやっ、おぅおっ、あづっ!」という何語かわからない声を出して立ち上がった。いつもはあづが「行ってきます」と言っても、振り向きもせず部屋の奥から「おぅ、ゼウェ」と言うだけなのに。今日の彼は満面の笑みでテレビの前に不自然に立ち、後ろ手で何かを隠そうとしている。プレステを見られないようごまかしているのだ。これではまるで、何かヤバイことをしていたのをクラスメートに見られた小学生である。今にもふき出しそうになっていたあづは、(大丈夫。ママにチクったりしないよ)と心の中でパパにささやきながら「行ってきます」と玄関を出た。
 「男はいつまでも子供よ」……サンへーパパと秘密を共有しちゃったのがうれしくて、出勤中のあづは笑いが止まらなかった。
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by azu-sh | 2006-04-23 10:59 | 「あづ」の中国ホームステイ
 サンへーパパの家がある小さな団地は、東側が公園、西側が小学校にはさまれている。そして二十ウン年前からここに住んでいるパパは「うちの息子もここの小学校に行ってたんだよ」というジモティーである。
 あづの住む子供部屋は西向きなので、窓の向こうは小学校。高い塀があるから中の様子はちっとも見えないけれど、大音量の音楽や叱り声、笑い声なんかはばっちり聞こえてくる。どこかの教室で音楽の授業が始まると、あづはちょっとうれしくなる。先生の弾く伴奏に合わせて聞こえてくる子供たちの元気な歌声。日本の子供たちもよく知っているメロディーに中国語の歌詞が乗る。パートを決めて合奏しているのだろうか、セサミストリートで聞くようなアメリカ民謡が聞こえてきたのもほほえましかった。
 しかし、部屋の裏が小学校で何がつらいかといえば、けたたましい音量で行われる毎朝の朝礼である。中国も日本も関係なく、これは小学校の近所に住む者の宿命だろう。中国の場合、朝礼といってもメインイベントは国旗掲揚であり、全校生徒は右手を頭の高さに挙げたままこれを見守るのである。中国国歌が流れる中を国旗が揚げられていくのだが、時々この国歌が鳴り止まない時がある。様子が見えないから想像することしかできないのだが、たぶんふざけていた子供でもいたのだろう。まず男の先生の怒鳴り声が聞こえ(地声で十分大きいのに拡声器を使うから半径二百メートル以内のご近所に丸聞こえと思われる)、もう一度国歌が始まる。今度は全員が声を出して歌う。しかしそのうち再び先生の叱り声が聞こえ、また前奏が始まり、今度は拡声器を持たされた子供が情けない声で国歌を歌い始める。こうして何回も何回も国歌が流され、あづの寝起きの頭が星でいっぱいになった頃、突然朝礼は終わる。景気のいいマーチに合わせて子供たちが行進しながら校庭から退場、教室に戻って一時限目となる。

 わたしは中国の小学生と話をするのが好きだ。これまでに仲良くなった上海の子供たちはみんなびっくりするほど考え深く、物知りで、自分の考えをきちんと表現できる。
 そのうちの一人、上海市郊外に住む小学校五年生の宋(ソン)くんはあづの一番の遊び相手である。「将来は日本に行って吉本興業を目指したら?」と思わず勧めてしまったほど、お調子者でひょうきんなムードメーカー。彼の家族と一緒に食事をすると(台所に立つのはやはりお父さん)、本当に笑いが絶えない。食事中ひっきりなしにクイズが出されるのであるが、それが「ナントカというデジモンが進化すると何になるか?」という類のものばかり。不覚にもテレビを見て予習してしまい、デジモンたちの中国語名を覚えてしまったあづであった。
 中国の子供たちは一人っ子ゆえに甘やかされて「小皇帝」と呼ばれ、オトナたちの期待を一手に背負い、他の子より抜きん出るために幼い頃から勉強漬けにされ、やってもやっても終わらない量の宿題と毎晩格闘しなければならない、と言われる。でも「中国の子は」「日本の子は」と定義づけなくても、子供の心の世界に国境はない。みんなアニメが好きでおもちゃが好きで、叱られたりほめられたり悩んだり転んだりしながら育っていく。
 裏の小学校から聞こえてくる澄んだ歌声は、あづをいつもあの頃の自分に戻らせてくれる。あの頃の大切な夢に、今のわたしは近づいているのだろうか。
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by azu-sh | 2006-04-20 02:52 | 「あづ」の中国ホームステイ
 サンへーパパたちの暮らしは至って簡素である。家具も電化製品もかなりアンティークな年代モノなのに、どれも大切に使い続けている。(テレビだけは例外。サンへーパパの定年祝いに息子がプレゼントした最新型なのだ。)
 この家に引っ越してきてまもないあづは、洗濯しようと思って小さな中庭をのぞいてみた。洗い終えた洗濯物を抱えてサンへーパパが中庭から出てくるのを既に何度か見ていたからだ。つまり、そこに洗濯機があるに違いない。しかし……あれ?中庭には赤い大きなたらいが置いてあるだけ。(じゃあ、公園に面した庭のほうかな)と思ってそちらものぞいてみたが、洗濯機なんて見当たらない。どういうことだろう?
 翌日、事実が判明した。土曜日で仕事がお休みだったサンへーママは、仕事着を洗うためにたらいを台所に運び、石けんと洗濯板で何やらゴシゴシ始めたのだ。(せ、洗濯板?この家、洗濯機ないのぉ?)あづは真っ青になった。洗濯板なんて生まれてこのかた使ったことないし、どう考えても服が傷みそうな気がする。洗剤に弱いから、きっと手もボロボロになる。それに仕事があってほとんど家にいないわたしは毎日少しずつ洗濯するなんて無理だから、できたら数日分まとめてやりたい。洗濯機がないのはかなり厳しい。
 仕方なく、あづは山のような洗濯物を大きな袋につめて背負い、近所のリサコさんちにお邪魔した。「すいません、洗濯機使わせてもらえます……?」

 日本や欧米だったらコインランドリーに行けば済むことだ。しかしここサンへーにそんなものを設置したらどうなるかは目に見えている。たぶん、服だけではなくありとあらゆる汚れ物を持ち込んで洗い始め、一家族で半日くらい占領し、そこを住まいとする人が現れ、洗濯機はそのうち動かなくなる。……ような気がする。以前短期間だけ中国の大学の寮に泊まったことがあったが、共同の洗濯機はやはり私物化されていた。誰も使っていないから今のうちと思いふたを開けると、真っ黒な水の中に汚いスニーカーが浮いていた。「公共のものを共有する」という概念に乏しいから、中国で無人コインランドリー経営は難しいだろう。
 それから毎週、あづは洗濯物を背負ってリサコさんちに通うようになった。全自動洗濯機ってすばらしい。怠け者のわたしがもし数十年前に生まれていたら、どうなっていただろう。

 数週間後の日曜日。あづが家に戻ると、台所は大騒ぎになっていた。真ん中にでん、と置かれた機械がぶんぶんうなっている。その周りで負けじと大声で話すサンへーパパとサンへーママ。「わーっ、洗濯機買ったんだ?」あづが明るい声で言うと、ママは言った。「もとからうちにあるのよ。普段は倉庫にしまっていて、家中のシーツを洗う時だけ倉庫から出して使うの。だって置く場所なんかないし、普段の洗濯物だったら手洗いで十分間に合うでしょう」……なんだ、この家洗濯機あったんだ。でも普段は倉庫に厳重に保管され、シーツを洗う時しか出番がない。それって、節約と言うのか?何か釈然としないあづは、やっぱり洗濯物を背負って全自動の世界へと通うのであった。
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by azu-sh | 2006-04-19 13:26 | 「あづ」の中国ホームステイ
 ここだけの話(?)、あづが引っ越そうと思っていた外国は実は中国ではなかった。内緒だけど、ほんとのほんとはロシアだった。中国語もかじってはいたけど、NHK外国語講座は中国語じゃなくてロシア語講座のほうを録画していた。毎月テキストを買っていたのもロシア語講座だったし(中国語は立ち読み)、レッスン料を払って教室に通っていたのもロシア語だった。中国語学習仲間からは「なんでまたロシア語を……?」と半ば異端児のように見られていた時期もあったが、「あづは共産圏が好きなの♪」とジョークで答えていた。ちょっとあやしい日本人だが、実はあづはロシアのおもちゃが大好きなのである。
 ロシアの雑貨は色彩に夢がある。「洗練された」というよりは「どことなくぶきっちょ」な感じがするし、忙しい都会よりも日曜日の田舎がよく似合う。よそよそしいかと思えば力強い包容力があり、あまり笑顔を見せないのに心は限りなくあたたかい。立て付けが悪く、蓋が閉まらなくて愛情のこぼれ出た小箱のよう。その人間らしさが、あづの心をとらえて離さない。

 その後あづの計画は南下し、中国の上海に落ち着いた。しかし今でもわたしの部屋にはちょっとした“ロシアンおもちゃ箱”がある。あづのロシアンコーナーには、ロシア語の絵本、地下鉄の駅で買ったマトリョーシカ、ロシアの人形アニメキャラクターであるチェブラーシカ&わにのゲーナのぬいぐるみ、他にもロシアの絵葉書なんかが飾られている。日本でも人気の出たチェブラーシカだが、このぬいぐるみにはちょっとしたエピソードがある。
 わたしがチェブ好きと知っていた母は、ある日「はい、プレゼント♪あづの好きなチェブナントカだよ!」と言ってぬいぐるみをくれた。しかし中身を開けてみると、なんと母が買ってきたのは「母をたずねて三千里」に出てくるサルのアメデオだった。「これ……チェブじゃないよ!」絶句する母。「……え?違うの?どこが?」「どこがって……これ、アメデオじゃん!」しかしこれがチェブラーシカだと思い込んでいる母はなかなか納得しない。わたしがチェブの特徴である耳の大きさを指摘すると「ほんとだ、違うみたい」と認めたが、いまいち腑に落ちない顔をしていた。それからかなり経って、前回帰国した時のこと。母は一時帰国したわたしにまたぬいぐるみをプレゼントしてくれた。今度こそ、間違いなく本物のチェブラーシカだった。アメデオには悪いが、すごくすごくうれしかった。スーツケースから本を数冊抜いてチェブと入れ替え、上海まで大切に連れ帰ってきたのは言うまでもない。

 そういえば上海の孔子廟(文廟)で日曜日に開かれている古本市、あれはまさにひっくり返したおもちゃ箱のような市場でちっとも飽きない。時々ものすごい掘り出し物に出会えることもある。ロシア製オールカラー料理本はかなりあづのツボにはまった。ボルシチやピロシキ、ビーフストロガノフの作り方なんかがロシア語で書いてある。値切ったけれど思うように値段が下がらず、あまりの高さに結局購入は断念したが(やっぱり買うべきだったかなぁ)と何度も思い出してしまう。
 大陸は広い。同じ大陸に中国があり、ロシアがある。人間がいて、暮らしがある。おもちゃがあって、笑いがある。もしわたしに「みどりのゆび」があったら、世界中の武器をおもちゃや花に変えてしまいたい。そんなことを思った。
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by azu-sh | 2006-04-16 22:33 | 「あづ」のおもちゃ箱