★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
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★この物語はフランスの作家サン=テグジュペリ著「星の王子さま」のオリジナル続編です。各国のさまざまな人が「自分の出会った王子さま」の話を書いていますが、これはあづと王子さまの出会いの物語。わたしの尊敬するサン=テグジュペリさんにご報告するかたちで書いた四年前の創作童話です。★

 その子の存在感といったら、まるで美術館の高価な展示品のようでした。あの「お手を触れないでください」という表示のある、たいていよその美術館から借りてきた、一点モノの貴重品です。それでいて綿あめのように白くて軽く、こうばしいにおいがしました。
 「こんばんは。」
 面識のない子供にはめったに声をかけない私がなぜ声をかける気になったのか、今考えても説明できません。ただその子がたいそう寂しげに見えたことは覚えています。そしてあまりにも場違いな所にいるように見えたことも。
 海岸沿いの国道の、絶え間なく吹き付ける潮風のせいで看板のさび付いてしまった、コンビニエンスストアの前で、私はその子を見つけたのです。近所の子供でないことだけは確かですから、
「おうちの人はどこ?」
なんていう、野暮な質問はしませんでした。第一、こんな時間(それは夜の十一時過ぎでした)に金髪の少年がひとりで買い物に来るでしょうか。
 そう、その子は収穫を待つばかりの豊かな麦畑のような髪をしていて、裏地の赤い緑色のマントをつけていました。もう十二月半ばだというのに、マントの内側は半袖でした。

 その日は、ロシア語の授業を終えてからふと遠回りをしたくなって、小さな山を周回している国道の海岸側をドライブしていたのです。授業が終わったのは八時ですから、確かに少し長めの道草でした。飲み終えてしまったペットボトルを捨てるついでにお手洗いでも借りようと、私はコンビニエンスストアに寄ったのです。
 「ぼく、ぼくとても寒いんだ。上着を猫にあげちゃったもんだから。」
 金髪の男の子はそう言うと、私の目をまっすぐ見て……いや、正確に言えば、私の目を通り越してその先にある波しぶきの砕けるテトラポットを見て、かすかに身震いしました。
 「ぼくには他にあげるものがなかったんだ。それにその猫、しっぽの毛がぬけていたから。ぼくの上着の袖の部分にしっぽを入れておけば、ほら、寒くないだろう。」
 その子が話しているのは何のなまりも感じない日本語でした。実際、私はその子がフランス語を話し出すのではないかと内心考えていたのです。私の知っている(と言っても私の方が一方的に知っているだけですが)彼は、フランス語を話すはずなのです。私のわかるフランス語は二、三の単語だけですから、もしそうなら少年と話せるこの貴重なチャンスをみすみす逃したことになります。だからその子が、私にわかる言葉で話してくれたことがうれしくて、胸が高鳴りました。
 「さあ、私の車に乗って。車の中なら海の風にあたらなくて済むから、ここより暖かいわ。そして私にきみの話を聴かせてくれる?」
 本音を言えば、私はその子を他の誰にも見られたくなかったし、他の誰にも声をかけさせたくなかったのです。ですから、男の子が私の目の向こうを見ながらうなずいてくれた時には心が小躍りしそうでした。

つづく
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by azu-sh | 2007-01-09 10:43 | 「あづ」の創作小部屋
 神奈川県の箱根町にある「星の王子さまミュージアム」に行ってきました。
b0074017_18554329.jpgサン=テグジュペリが著した有名な童話「星の王子さま」の大ファンであるわたしが前からとっても気になっていた注目スポット。この帰国期間中にぜひとも!と思っていたわけではないのですが…家族旅行のついでに夢が叶いました。

 写真は作者サン=テグジュペリが生まれたフランス・リヨンの当時の町並みを再現した「王さま通り」




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「点燈夫の広場」。午後の太陽を浴びて街灯に灯がともったかのよう。
 「星の王子さま」は愛と責任をテーマにした世紀の名作。子供の頃は読んでも意味がわからず最後まで読み通せなかったのですが、大人になってから改めて読み返したら涙があふれてどうしようもなかった一冊です。あづの三大愛読書の中に入る大切な物語。特に、王子さまに「飼いならして」と言ったキツネのエピソード、そして王子さまと一輪のバラのやり取りが大好き。
 b0074017_18581771.jpgb0074017_18574251.jpg↓中国語では「小王子」。↓日本語訳本では内藤濯さんの訳が有名。









 親友からこの本をプレゼントされた時、わたしは人目もはばからず泣いてしまいました。自分を「飼いならして」くれる人、自分の井戸になってくれる人、自分にガラスの覆いをかけてくれる人、そんな人と将来出会えたら……。責任を持って愛してくれる人、その人のことを思い出すだけで心の浮き立つような人。この世界に、いやこの宇宙にきっといるに違いない。あづが「星の王子さま」に人一倍の思い入れがあるのは、この本を何度も読み返していたのがうつ病のひどい最中だったから。本を読むという得意分野にさえ疲労しか感じなくなっていたわたしの心がかろうじて受け入れたのがこの本でした。海辺まで車を走らせ、消え入るような文字で王子さまが消えていくシーンの文章を書き写していたのを思い出します。
 作者サン=テグジュペリは1900年生まれ。飛行家、ジャーナリストまた作家として活躍し、1944年最後の飛行中に消息を絶ちました。「星の王子さま」の最後には「もし今後どこかで王子さまに会った人がいたらわたしに知らせてほしい」といった一文が書かれています。この言葉に応じて「星の王子さま」の続編を書いたという人もいるほど。実はあづもそのひとりです。わたしが出会った「星の王子さま」の物語を次から載せますね。「星の王子さま」ファンでない方には退屈かもしれませんが、しばらくお付き合いください。
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by azu-sh | 2007-01-07 19:02 | 「あづ」のプチ図書館
 どうして上海に行くことになったか?
 仕事のためでも勉強のためでもロマンを求めてでもなかった。「生きていやすい環境に身を置きたい」、ただそれだけの理由で中国に行ったのだ。どうして中国が生きていやすい場所かというと、単純に「中国が好き」だったから。中国語も理解できるし、四度の中国旅行でなんとなく生活環境を知っていたつもりだったし、何より中国の持つあの独特な人間臭さと悠久の空間が大好きだった。
 「なんとか生きているため、なんとかして命をつなぐため」に降り立った上海。なかなか本音が言えなかったけど、そうだ、わたしはそのために上海を選んだのだった。日本にい続けたら死んでしまう、ここを出なければ…という思いで焦っていた。とんとん拍子に話が決まって引っ越すことになった上海で、わたしは奇跡的に生命力を取り戻した。
 
 しかし二年半後、その上海で“解離症状”が起きた。ネット上の情報によると、
「解離性障害を有する個人は頭痛、健忘、時間損失、恍惚状態、そして「体外離脱」を経験する…」らしい。去年のわたしに見事にあてはまっている。
 そして治癒には本人の意思も深く関係していることも指摘されていた。
「…治療の経過は長期にわたり、解離された心的外傷的経験を思い出し取り戻すことを一般に含んでいるとともに、集中的で、常に苦痛を伴(う)。」

 ここからが正念場。わたしは自分と仲良くなりたい。
 自分と仲良く手をつないで上海に戻りたい。
 そのために、自分の心を見つめ直していく。難しいことは考えなくてもいい。つらいことは無理に思い出さなくてもいい。ただ医師の言いつけを守って、薬も処方どおりに飲む。絶対に自己判断で服薬をやめたり減らしたりしない。自分に優しいこと、自分に親切なことを積極的に選んでいく。
 だって「治したい」から。「治りたい」から。
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by azu-sh | 2007-01-06 16:54 | 「あづ」の「うつ」
 うつ状態から這い上がり中のこの時期に「あづのうつ」を書き足すのは、自分にとって酷だろうかと考えた。でも根底から治してしまいたいと願っている今だからこそ、過去と向き合う勇気が必要だと思う。病院でPTSDと言われた以上、その根源を見つめ直すことは治療に大切な過程であるはず。
「成人した子供たちはストレスを否定することによって対処するが,人としての自然の欲求に逆らうことはできない。……非常にストレスの多い緊張した状態が何年も続くと,体は徐々に衰える」。
 これは雑誌で読んだある博士の意見。わたしは子供時代からストレスを“否定して”なんとか切り抜けてきた。大丈夫、万事うまくいっていると自分に言い聞かせ、そう装ってきた。自ら模範的ないい子になろうとし、そうすることで親に自分の子育てに対する自信を持ってもらいたいと考えていたのだ。そんなに背伸びする必要はどこにもなかったのに。

 「成人した子供たち―うまくゆかない家庭の秘密」という本は,子供たちは「顔では笑っていても,辛い思いをしながら」学校に通う,と述べている。子供たちは家庭内の秘密が知られるのを恐れ,あえて自分の考えを述べようとはしない。表向きはすべてが順調に見えるが,心の中では抑圧された感情が次第にくすぶり始めていく。表現されない押し込められた感情は大人になってから体への異変として表面に現れる。わたしもその一例かもしれない。
 小さい頃から感受性の敏感さは人一倍だったわたし。離婚家庭でもこんなに幸せです、わたしはうまくやっています、と演技していたことに気づくまでこんなに時間が経ってしまった。これからはわたしの心が負ってきた責めをひとつひとつ解きほぐし、思考のラインを新たに引き直したい。この作業は病院の先生とも協力しなければならないが、わたし自身の意思も大きく関係している。

 三年前、心を許せる医師に出会い、ひどいうつ病からある程度回復したわたしは生きていやすい環境を求め急いで上海へと渡った。しかし急速な回復を経て二年が過ぎた頃、突然再発した。時限爆弾のようにわたしの内に抱え込まれた根強いうつ病。併発した恐ろしい病状。そして今、「治りたい」「治したい」と初めて心から思いながら通う病院。今回の取り組み次第でわたしは自分に親切にすることを幾らか覚えられるかもしれない。
 やってみたい。心の責めを解きほぐす作業を。
 自分を自由にしてあげるための作業を。
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by azu-sh | 2007-01-03 16:03 | 「あづ」の「うつ」
 搾ったばかりの牛乳を加熱殺菌して紅茶の葉っぱを放り込み、電子レンジにかけて作る特製ミルクティー。わたしの大好きな味です。これがまた市販されている牛乳ではとても味わえない濃厚さ。牧場で働いていた頃、仕事が終わるとこの香り高いミルクティーを楽しむのが恒例でした。
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      ↑写真は当時わたしが働いていた牧場の幼稚園舎(笑)
 仕事が終わるとペットボトルに何本も搾りたてミルクを入れて持ち帰っていたわたし。さっき自分たちの手で搾った牛乳だから、おいしさ満点。生乳とバターと小麦粉でホワイトソースを作って煮込む、100%牛乳スープも絶品でした。
 ブログを通して現役酪農家の方と交流し、その生活を覗かせていただくたびにワクワクしてしまいます。
 やっぱり将来は酪農家かなぁ…そんな初夢のあづでした♪
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by azu-sh | 2007-01-02 16:09 | 「あづ」の一筆コラム