★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
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 わたしは子供の頃、自分に音楽を封じていました。もともとは大好きだったんです、前奏を聴くともう体が動き出し、全身でリズムに乗って音を自由に表現するような子で。でも保育園でそれをやったら、ある保母さんに笑われたんです。年長クラスのみんなの前で「ほら、あづちゃんたらこ~んな顔をして(両手でほっぺを引っ張ってすごく不細工な顔をして)歌ってるでしょう!」と言って、わたしの踊るような歌い方を笑い者にしたんです。小さかったわたしはものすごくショックを受け、心底傷つきました。その日を境に、わたしは「体をリズムに乗せること」は恥ずかしいことなんだ、と信じ込み、歌が歌えなくなりました。今でもよく覚えているのが、その出来事の後で、先生のオルガンの伴奏を聴いて思わず足でリズムをとってしまった自分を恥じて無理やり足を押さえた記憶が…。自尊心を傷つけられることが何よりつらかった、五歳の時の思い出です。

 それ以来、わたしは大好きなはずの音楽と距離を置くようになりました。特に人前では。音楽に乗ってリズム体操をする小学校の授業はとても楽しかったけれど、保育園での屈辱が忘れられず、あまりはじけることができませんでした。そのまま中学・高校まで、音楽をほとんど聴かない生活をしました。高校でも、芸術科目は選択授業だったため、音楽ではなくわざと美術を選びました。でもそんなある日、わたしの感性を呼び覚ましてくれる歌声に出会ったんです。それが矢野顕子さんでした。

 矢野さんの、楽譜を無視したような、それでいて完璧に完成されたピアノと、今まで聴いたこともない自由奔放なまるで楽しくてたまらないような歌い方。激しい衝撃を受けました。なんて自由なんだ、なんて心地よいんだ!矢野さんは全身が音楽と一体になっている。音楽って理屈や規則じゃないんだ!楽しく笑って、足でリズムをとって、体を揺らして、歌いたいように声を出していいんだ!五歳の頃の自分が戻ってきたかのような気分になり、大好きだった「音楽」ともう一度出会えた感動で胸が震えました。

 「あづちゃんってチャイナポップスしか聴かないと思ってた~」と言われそうな予感…(笑)いやいや、日本のミュージシャンでも好きな人たくさんいますよ。でもやっぱり一番大好きなのは矢野さん!
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 まぁ、聴いてみて♪ (青字をクリックすると映像が見られますよ~)
 矢野さん初心者の方はこちらの 春咲小紅 を。可愛い歌でしょ、1981年のヒット曲で矢野さん初?!オリコンシングルチャート5位になった化粧品のコマーシャルソングです。

 「わたしも矢野さん好きだよ!」という方はこちらの ROSE GARDEN を。この歌、わたしもともと大好きなんですが、このコンサートでの三人の演奏を聴いて鳥肌立ちました。なんて迫力。生で聴いてたらどうなっていたか…(笑)

 矢野さんの歌は、オリジナルもカバーもスキャットもデュエットも、バンドもピアノ弾き語りもみんな好き。わたしが大阪のフェスティバルホールで開かれた矢野さんのコンサートに行った時、満場のアンコールでなんとわたしの一番好きな矢野顕子の名曲「ごはんができたよ」を生で弾いて歌ってくれて、期待通り歌詞も間違えてくれて…あづは幸福感に押しつぶされそうになってついポロっと泣きましたよ。わたしに音楽の楽しさ、自由な生き方を教えてくれて、いつもこ~んな幸せな気分にしてくれる矢野さん、いつまでもその無限に拡がり続ける世界を歌い続けてくださいね!
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by azu-sh | 2010-10-24 02:13 | 「あづ」の一筆コラム
 長年のブロ友との“共同企画”(?)で書いてきた、それぞれの「自分と中国語」出会い編。なんだかわたしは話題が以前の記事とダブってきてしまったというか、エピソードに詰まってきたのでちょっとここらでおしまいにしようかなーと…(笑)すみません、中途半端で…。

 秋なので、食欲をくすぐる写真をドン!握り寿司で作った富士山!
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 中国や県外からのお客さんが来ると、このディスプレイを見に連れて行くのですが、みんな大ウケです。だって本当においしそうだよね…。景気も良さそうで、なんだか元気がもらえるお寿司屋さんです。

 中国語は、最近またせっせと勉強を始めました。検定試験を受けてみようかと思い立って…。高校三年の時、中国語検定三級を受けたのを最後に、なんとそれ以来一度も検定を受けたことがないんですね。(ちなみに三級は不合格!ヒアリングはほぼ満点だったのに筆記試験でわずか一点足りず、涙を呑みました…)翻訳業をしてるのに何の資格も持っていないなんて競争力がない、わたしもひとつくらい中国語のタイトルが欲しい!…と、やっと重い腰を上げたわけです。いつ、何の試験を受けるかはまだ考え中ですが。

 今、ボランティアで毎週、約三十分間の講話やディスカッションの通訳をしています。話の大筋は手元に資料があるから訳せるのですが、予想もつかない突飛な意見や日本語らしいジョークで会場が沸くと、中国語通訳士が機転を利かせないと中国人だけ笑えなくなってしまう。プロじゃないからこれはなかなか難しい。わたしは自分流儀なのですが、日本語話者が話し始めたら少し遅れてすぐに中国語に訳し始め、日本語の大意をつかみながら適切な中国語を選んで文法に注意して訳し、日本語話者と同時にひと段落を言い終えるようにする。単語、単語の切れ切れの通訳をしない。必ず意味の通じる文の状態で言い切る。通訳の原則として「話し手を超えない」。…といったポイントがだんだんわかってきて、一人芝居のようだったわたしの通訳にもやっと耳を傾けてもらえるようになってきた…かな?
 でもよくパニクってます(笑)この間も…、
(日本語の話し手) 「お客様に電話をかける時、話しながら間を空けてはいけません。電話を切られるかもしれないからです」
(わたし) 「(間を空ける?どおしよ…知らない…っっ)」
 その時は「電話を切られてしまうのを防ぐために、不必要な休止を置かないほうがいいでしょう」みたいに訳してなんとか堪えたのですが、毎回そう頭が働いてくれるわけじゃないし、その日のコンディションにもよるんだよねぇ…。でも初めての通訳体験、すごく楽しいです!ボランティアなのでノルマも重責もないし、今までやってきた地道な翻訳作業とは全然違う臨揚感!プロの世界にあこがれちゃいますね。

 明日もよちよち歩きのヒヨコ通訳、ガンバッテきまっす!!
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by azu-sh | 2010-10-20 03:13 | 「あづ」の一筆コラム
 ハルピンに文通相手ができた。名前はホイちゃん。実際に生まれた年ではわたしより一歳下、でも届け出た生年月日だとわたしのひとつ上。中国ではこういうこと珍しくないのよ、とホイちゃんのママは言った。実際より一年、二年、歳をごまかすのは、少しでも早く学校に入れて同い年の子より早く進級させたいから。わたしにはその意義がいまいちわからなかったが、自分の子に過度な期待と過酷な課題を与えてまで将来の保障を得たいのだろうか?

 辞書の文例をそのままパクッたかのようなわたしの硬い文章に、ホイちゃんはいつも若者らしく元気な筆致で返事をくれた。今は日本⇔中国間でもメールは当たり前、日本の携帯電話から中国の携帯にメッセージだって送れる。でもその頃はまだパソコンを持ってる人は少なかったし、わたしたちの文通は切手を貼った封筒のやり取りで続いていった。当時の中国では切手収集が大流行していて、珍しく美しい切手を貼ると郵便物を盗まれる、といううわさがあった。だからわたしは「きれいな切手を貼りたいけど…盗まれたらどうしよう?」と毎回頭を悩ませたものだった。(笑)

 それはともかく、日本語のわからない相手宛てに何時間もかけて中国語で便箋を二枚埋める作業はかなり作文の勉強になった。ホイちゃんは「手紙から察するに、あづは相当中国語が上達したらしい」と思ったらしく、うちに泊めるから冬のハルピンを見学に来ないかと誘ってくれた。
 →これがその時のホームステイの記録
 ホイちゃんと別れる時、ホイちゃんは「あづ、口語!口語!」と叫んだ。立派な手紙を書いてくる割にはあまり話せなかったわたしは、再会の喜びと今後の巨大な課題を背負ってハルピンを後にした。

 それからのわたしは中国人率の高い中華料理屋さんでアルバイトしたり、中国語で講演の行われる集会に参加したり、近所の中国人と互いに教えあったり、細~く地道に勉強を続けていた。

 高校を卒業して二年後、わたしは中国語ボランティアとして大阪に行き、職場でもプライベートでも中国語を使う毎日を送った。

 そしてその二年後、先輩の(かなり強引な)勧めで、初めて中国語を人に教えることになった。自作のチラシで生徒を募集したらあっというまに希望者が20人を超え、二年間で延べ40人の方に教えることになった。各クラス1~5人の少人数制だが、クラスごとに使う教科書もみんなのレベルも学習目的も見事バラバラ…、仕方なくわたしはどのクラスでも応用が利くプリント教材を自分の手書きで作ることにした。18歳の大学生から50代のサックス奏者まで、いろいろな人に中国語の楽しさを教えるのは思っていたより手ごたえがあり、達成感や満足感でいっぱいだった。何より、わかっていないことは教えられないから、猛勉強すると、その分自分が上達していくのがわかる。生徒さんもとても楽しんでくれたみたいで出席率は90%以上だった。

 初級→中級へ伸び悩んでいる人へのあづのアドバイスは、
    「ぜひ中国に行ってみてください」
       「中国の何かを好きになってきてください」

 中級→上級へ伸び悩んでいる人へのあづのアドバイスは、
    「ぜひ誰かに教えてみてください」
       「無報酬でもいいから生徒を持ってください」


 いかがですか?人それぞれ小窍门(コツ)があると思うのでこれはあくまでわたしの場合、ですけどね(笑)
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by azu-sh | 2010-10-03 01:48 | 「あづ」の中国語ティータイム