★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
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 我が家に最初に来た外国人のお客さんはミャンマー人。わたしのアロゥロゥポ(ミャンマー語で「同僚」)です。日本に来て二年になるけど、日本人の家には上がったことがないという留学生。外国の風が大好きなわたしたちは早速彼女をうちにお招きして、おもてなししました。一緒に鍋をつつきながら、ミャンマーの話を聞いたり、ミャンマー語を習ったり(あづはけっこう熱心な生徒なんですよ♪)、ロンジーという民族衣装のはき方を教わったり、だんながミャンマーに行った時の写真を見せたり。楽しかったです^^
 ↓ だんなが独身時代に旅したミャンマーで撮ったお気に入りの一枚。「タナカ」という日焼け止めを塗った小さな女の子です。
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 あまり個人的なことは書きたくないけれど、今あづはとても気が滅入っています。向こうから飛んできたボールをキャッチしようと構えてたのに、突然フッ…とボールが消えちゃったような。想像するだけであんなに楽しく、あんなに愉快で、あんなに幸福だったわたしの小さな小さな夢が、いとも簡単に空気に溶けて消えてしまったから。表情と感情が凍りついてしまったみたいです。

 深く強く愛していたのに。まだ影も形もないあなたを。

 わたしは薬で気持ちを鎮めて、あなたのために歌うことしかできない。

LITTLE BEAT RIFLE

ただあなたができること
かろうじて愛せること
信じること
きつく抱いてやれること

涙で生まれた魔物は
苦痛の霧を晴らせた?
私は大きくなって
剣や弓のありかもわかるけれど

汚す必要もない
そうは見えなくてもきれいな光
あなたはすぐに自分を解ける

Because                (なぜなら
God is watching you       神はあなたを見ているから
God is holding your grief    神はあなたの悲しみを抱いて
God is watching all shadow  すべての影を見ているから)
とがらないその爪に
さぁ願いをかけて


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by azu-sh | 2011-01-26 11:40 | 「あづ」の一筆コラム

もし子供がいたら…

 最近、あづの心を占めている最大の問題は…「親になるってどういうことだろう?」ということです。別に赤ちゃんができた、というわけではありませんよ(笑)。こんなことを考えるようになったのは、たぶん年齢のせいでしょう。
 でも、結婚を前提に付き合っている頃から、わたしとだんなにはお互い了承していることがありました。
 「結婚しても絶対に子供は持たない」。
 理由は、「両親ともにうつ病だと子供に遺伝する可能性が高い」ということ、「あづが産後うつ病になりかねない」ということ、「結婚してからも二人だけで自由に人生設計をしたい」ということ、「経済的に子供を養う力がない」ということ、いずれももっともな理由だと思います。
 わたしたちがこういう決定をした背景には「子供を生まれる前から愛してあげたい、命を授かるなら無計画にではなく自分たちに十分準備のできた状態で産みたい」という信念があります。だから決して消極的な決定ではないのです。

 それなのに、最近は「もし子供がいたら…」ということで頭がいっぱいなのです。もちろん、きっかけになった会話はいくつか思いつきます。台湾で子育てを楽しんでいるM姉さんの言葉、上海でわたしのホストファミリーだったジエジエの言葉、中国で一番仲の良い友達である河南省のYちゃんの言葉、湖北省から日本に嫁いで来て二人の子を産んだLちゃんの言葉。既にママになった彼女たちと率直に話したり、長いメールのやり取りをしているうちに(そうか、わたしが“子供を持つこと”を自分の人生から除外しているのは単なる思い込みなのかもしれない)と思うようになったんです。
 「子供がほしい」という気持ちになったのは、ある意味「あきらめていたうつ病」への勝利ではないのか?生きることから逃げようとしていた人間が、命を我が子に伝えようとしている、なんという大きな進歩ではないか?そう思うと、新たな人生、次なる冒険が待っているような気がしてワクワクしてくるのです。

 もちろん、だからといって安易に子供を作ろうとは思いません。リスクはまだあちこちに潜んでいます。わたしもだんなも家庭に恵まれなかったゆえに「自分の親のようになってしまう」ことを怖れています。でもとても励みになる言葉をいただきました。あるブログ仲間が教えてくれた言葉、「アダルトチルドレンも幸せになれる」。彼女の言葉を聞いて、大昔のイスラエルのことわざを思い出しました。
 「父たちが熟していないぶどうを食べるのに、子らの歯が浮く」
 このことわざは本来間違って引用されてきた言葉です。正しくは「熟していないぶどう」を食べて「歯が浮く」のは食べた本人であって子供ではないはずなんです。つまり、親の間違いの結果を被るのは親、子育ての間違いは自分の代で断ち切れる!という心強い励ましなんです。

 あづがこれからどんな生き方をして、どこに住んで、どんなモノを選択していくか。今やわたしと一つのチームになっただんなと二人で一緒に考えていきます。どうか、満足のいく人生を送れますように!
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by azu-sh | 2011-01-17 11:31 | 「あづ」の一筆コラム
 わたしは物心つく前に実の祖父を亡くしていますが、わたしにとって本当の“おじいちゃん”は杉山さんというおじいちゃんです。わたしが保育園の頃からずっと可愛がってくれて、いろんなことを教えてくれました。杉山おじいちゃんは戦時中、兵隊として中国の張家口で過ごしたそうですが、その時に中国の雄大さや中国人の人情に触れ、それ以来ずっと中国を心の故郷として慕うようになりました。
 わたしが高校生になって中国語を勉強し始めると、杉山おじいちゃんはすごく喜びました。歳を取ってから中国語を本格的に学びだし、もう70代後半になっていたのに「ちょっと旅行にね…」と行き先も言わず国際フェリーに乗ってふらっと中国に行ってしまう、旅好きな人でした。77歳の時にわたしと同じ中国黒龍江大学に短期留学しました。NHKのラジオ中国語講座が大好きで、テキストも録音したカセットテープもすごい量でした。中国語を勉強していてわからないことがあると、ラジオ講師の相原茂先生に達筆な字で質問の手紙を書いてしまう(笑)。返事が来ると、自慢げにわたしに見せてくれました。中国語の弁論大会にも一緒に出場しました。わたしは県大会で弁論の部一位、おじいちゃんは朗読の部で三位、お互い健闘を称えあいました。
 わたしが上海に住んでいた頃、杉山おじいちゃんはわたしがいないとわかっているはず(?)なのに、うちの実家の玄関から奥を覗いて「あづちゃんいるかね?あづちゃん!」とよく遊びに来たそうです。その度にわたしの母が「あづは中国にいますので!」と説明して帰ってもらって。上海にいる間に招待すればよかったなぁ…、心残りです。
 わたしが結婚したと聞いて杉山おじいちゃんはお祝いのお金を包んで書留で送ってくれました。わたしがだんなを紹介するために最後に会いに行った時も、楽しそうに中国旅行の話をしていたっけ。その頃はもう歩くのもやっとで。……

 とうとう、人生を全うして亡くなりました。93歳で、老衰でした。
 最期まで奥さんを愛し、聖書を愛し、中国を愛し、わたしを愛してくれた。

 亡くなったことを伝えるために杉山おじいちゃんの香港の友人などにもわたしから電話をかけました。葬式は親族だけでひっそりと済ませたようですが、杉山おじいちゃんは顔が広く、たくさんの人に愛されていたので、今度友人たち一同による追悼式があります。わたしの大好きだったおじいちゃんを偲ぶために、母と出席してこようと思っています。
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by azu-sh | 2011-01-11 11:04 | 「あづ」の一筆コラム
 わたしには二つ年上の姉がいます。とても仲のよい姉妹でしたが、一緒に過ごせたのはほんの短い期間でした。わたしが三歳、姉が五歳の時に両親が離婚し、わたしは母に、姉は父に引き取られたのです。母と険悪な状態だった父は、わたしたち姉妹が自由に会うことも禁止し、その後わたしは姉の居所も知らずに育ちました。同じく妹の居所がわからなくなった姉も、あづがどこかで元気でいてくれることを信じ、ひそかに再会を願っていました。
 高校生になると、地元のいろんな中学校から生徒が集まります。姉は考えました。二つ違いだから姉が中三の時、わたしは中一。だから市内のあちこちの中学校の名簿を見せてもらえば、わたしの住所が見つかるかもしれない!そこで姉は友達になったクラスメートから次々に名簿を借り、一年生の名前の中にわたしの名前がないか探しました。ある時、Kさんというクラスメートから中学時代の名簿を借りたのですが、当時わたしは七クラスあった中の一年七組、出席番号47番、つまり一年生の一番最後のページに載っていたのです。姉はページをめくっていって、最後の最後にとうとう妹の名前を見つけ、号泣しました。
 わたしの住所と電話番号のわかった姉は、早速父に内緒でわたしを訪ねてきました。まだピカピカの高校の制服に身を包んだわたしの姉と、幼少期以来の再会を果たしたのです。姉はわたしにたくさんプレゼントを持ってきました。(いつかあづに会えたらあげよう)と思って長年貯めてきた、おもちゃや人形や服の数々。うれしかったなぁ。

 大人になって、わたしたちは何の制限もなく自由に付き合っています。性格は全然違うけれど、いくつになってもお姉ちゃんはお姉ちゃんで、いつもわたしの相談に乗ってくれて知恵を貸してくれるのは姉。カッコよくてセンスよくて美人で、わたしと全然似てない。でもたった一人しかいない、わたしの大事な姉だから。幼い頃一緒にいられなかった分を取り返したい。
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by azu-sh | 2011-01-04 12:27 | 「あづ」の一筆コラム