★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
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 わたしの異変が始まったのは一月。主治医や処方薬に嫌気がさし、一日に何度も病院に電話をかけては問題を大きくしていた。子供が産めない体になることがたまらなく悲しくて、混乱していた。
 二月初め、生まれて二ヶ月になる友人の赤ちゃんを抱っこさせてもらった。その数分後、涙が止まらなくなりみんなの言っていることがわからなくなり、話せなくなった。寒かったけど、車の中で縮こまっていた。その晩から精神科の薬が飲めなくなった。薬を飲んでもすべて吐いてしまう。そのうち、どんな食べ物も飲み物も受け付けなくなった。何度も病院に行き、点滴をした。体力がなくなり、体重が落ち、どんな胃腸薬も効かない。仕事はとても続けられなくなり、退職してしまった。そのことで余計自分を責め、落ち込んだ。
 「心因性嘔吐」という病気があることをネットで知った。ストレスをストレスとして心が自覚できないと、身体が代わりに反応し症状化してしまう。心の問題が身体症状に置き換わって表現されることを「身体化」というが、嘔吐は文字通り「受け入れがたい現実を、身をもって吐き出す」現象である…と説明されていた。

 二ヶ月で300回は吐いたと思う。それが昨日から、ぴたりと嘔吐が止まった。本来の「悩み」を「心」の側が受容できる態勢が整った…のだろうか。何人もの仲間がわたしを心配してくれて、メールや電話をくれたり、実際に会いに来てわたしを励ましてくれた。遠くにいるブロ友からも助けてもらった。死にたくてたまらなかった時にナイスタイミングで優しいメールをくれた人もいた。地震の被災地にいる友人からも逆に力をもらった。
 明日から四月だし、わたしも失業者向けの職業訓練のコースに応募した。面接時に数学のテストがあるから落ちるかもしれない(たぶん落ちる…)けど、ダメ元でも何か始めなくっちゃ!わたしにはまだ命がある、未来がある、夢がある、そしてこの両手がある!

 愛を受け止めよう。

 ( ↓ お見舞いにいただいた黄色い花束♪ 被災地の方々にも届け!)
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by azu-sh | 2011-03-31 16:01 | 「あづ」の一筆コラム

11年前の約束

 今から11年前、一年間一緒に暮らしたルームメート。
 わたしと彼女にはひとつの大切な約束がありました。

 「わたしたちがひとつ屋根の下で暮らす期間は、人生のほんの一瞬。そのうち、それぞれ違う生き方を歩んでいくだろう。でも、二人が40歳になっても60歳になっても、二人で一緒に暮らしたあの頃を思い出して笑い合えるような日々を送ろう!」

 わたしたちの共同生活は長くは続かず、一年後彼女は病気になり、思い出のあふれるあのアパートを去った。半年後、親の失業に伴い、わたしもあの街を去った。その後、彼女は結婚し、わたしは海外へ渡った。夫婦で上海にいるわたしを訪ねて来てくれて、電車に乗って蘇州にも行ったね。違う人生を歩んでいたわたしたち、でもあの約束は忘れなかった。

 先週末、彼女とだんなさまの暮らす街へ行ってきました。
 ルームメートとして別れて以来、初めて彼女の家にお邪魔しました。

 やっぱり、二人が若かったあの時間は特別で、一生忘れられない。
 まだまだ、わたしたちの友情は続いていく。
 あの時の大事な約束、あづはしつこく覚えているからね!(笑)
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by azu-sh | 2011-03-23 20:58 | 「あづ」の一筆コラム
 3月11日、地震を感じた後、最初にしたことはテレビを買いに走ったことでした。今まで携帯のワンセグだけでニュースを見ていたのですが、ここまで被害が広範囲に及んだことに危機感を感じ、十分な情報を得るために急いでテレビを購入したのでした。関東に住むわたしのだんなの両親は耳が聞こえません。テレビを見ることはできても内容がよくつかめない、インターネットも使えない、広報車が回ってきても聞き取れない…そんな不安といらだちを感じているであろう両親に、正確な情報をリアルタイムでメールしたかったのです。

 被災された方の中には、たくさんの聴覚障害者や精神障害者、その他の身体障害者がいらっしゃるでしょう。皆さんのことが本当に心配です。わたし自身、精神障害者手帳を交付されており、精神科で処方された薬は手放せません。心身に障害を持つ方にとって、いつも飲んでいる薬が手元にないのは不安な気持ちを煽るだけでなく、文字通り命にかかわります。普段は健康だった人の中にも、これほどの恐怖体験と喪失体験を味わった後では、精神的不調を訴える(あるいは訴えることすらできない)方が多いとのことです。

 昨日の「福祉ネットワーク」という番組で、被災地にいる障害者の方に向けて実際的な情報が提供されていました。例えば聴覚障害は「車椅子に乗っている」などのように、障害が目で見てわかるものではありません。障害者自身が勇気を出して声を出さなければ、周りの人に障害を気づいてもらえません。「誰に連絡してほしいか」「何が必要か」、紙に大きく書いて周囲の人に伝え、助けを求めなければなりません。この、一見簡単そうなことが当の障害者にとってどれほど難しいことか、健常者には想像もできないでしょう。

 この番組は、被災地の障害者の安否をとりわけ心配していたわたしには一筋の灯のようでした。特に励みになったのは、統合失調症のサラさんという方への電話インタビューでした。
「避難先ではどのように過ごされていますか?」
「仲間とホットケーキを焼いたり、わいわいがやがや楽しくやっています」
「仲間の方と一緒に避難できたのですね?」
「いいえ、避難所で新しくできた仲間です」
 サラさんは薬が飲めないことをやはり心配していました。「薬を飲まなくなると、顔がこわばってきて異常が目に見えてわかるようになる」…精神障害者のほとんどが同様の不安を持っているでしょう。わたしもよくわかります。精神障害に対して周囲の理解が足りないこと、偏見が根深いことも彼らは承知しています。だから、自分の病気を周りに知らせ、助けを求めるのに勇気が要るのです。

 その他、「ろう学校の子供たちと一緒に避難しているけれど保護者が迎えに来ない、聞こえない子供たちは停電におびえているのでジョークを言って緊張をほぐしている」…と話していた先生。障害者の作業所で自閉症の人たちと被災した方の話。「避難所には掲示物も読めなければ、トイレの場所もわからない視覚障害者もいる。どうか配慮してください!」と訴えていた福祉専門家。「車椅子の方たちを車に乗せて津波から逃げようとしたけれど、間に合わなかったんです」…と肩を落とすヘルパーさん。障害者当人たち、介護や治療に関わる皆さんが、どれほど勇敢に今の厳しい状況に立ち向かっているかを知り、胸を打たれました。

 (こうした障害者を支援するためにボランティアに行きたい!)と強く思いました。一人の力は小さいけれど、わたしもきっと、何かをします!皆さん、頑張ってください!どうか、あきらめずに生き続けてください!
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by azu-sh | 2011-03-15 18:03 | 「あづ」の中国手話教室

みんな、負けないで!

 祈るような気持ちでニュースを見ています。わたしは震源地から比較的遠いところに住んでいますが、長い横揺れに船酔いのような気持ち悪さを感じ、地震後嘔吐してしまいました。でも、こちらは無事です。寒い所で不安と闘っている被災地の皆さんがとても心配です。被災地にいるだんなの妹とも直接連絡が取れていません。皆さん、どうかあきらめずに頑張ってください。わたしも祈り続けます。
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by azu-sh | 2011-03-12 18:43 | 「あづ」の一筆コラム

「虫歯建設株式会社」

 「ねぇ、今日ブログ更新する?する?する?」
…と、しつこく聞いてくるだんな。
 「なんで?今日は書くことないもん。」
…と、切り返すと不服そうな顔。
 そう、彼には書いてほしいことがあるのです。それは…

b0074017_11505313.jpg 「ぼくらは“虫歯建設株式会社”!歯磨きしていないあづの口はどこだ~~!」
 だんなの最近お気に入りのギャグです。わたしがお風呂上がりに歯を磨かずにウトウトしてしまうと、必ずやってくるのです。あづの頭のほうからやってきて、顔の周りでうろうろして、口が開いたらすかさず入り込もうとするのです。わたしは半分寝ていたのですが、怖さのあまり飛び起きて階段を駆け下り、半べそかきながら急いで歯を磨く始末。この「虫歯建設株式会社」は、「なまはげ」のごとく小心なわたしをビビらせてくれるんです…昼寝していてもうなされるし、運転していても突然思い出して震えてしまうし…。やめてくれ~~!!(泣)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
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by azu-sh | 2011-03-08 12:00 | 「あづ」の一筆コラム
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 「愛人如己」(己のごとく人を愛せよ)と描かれた絵文字。2004年10月に、上海の豫園で描いてもらった思い出の品です。当時は一枚70元(約1000円)くらいで実演販売されていたこの絵文字、わたしはよくお客を連れてくるお得意さんでした。「きみはよく客を連れてきてくれるが、自分のために描いてもらったことはあるのか?」「いいえ、ひとつも持ってないです」「じゃあ、今即興で描いてあげよう。お金はいらないよ。好きな四字熟語は何だい?」
 そして、額に入れてプレゼントしてもらったのが、この「愛人如己」。この言葉には長年にわたるいろんな願いと黙想が込められています。思い出したのがこの記事… ↓

 (以下はわたしが2006年8月に香港に行った時の話。五年前、ブログに載せた記事ですが、ここでもう一度ご紹介します。)

 今回、わたしは香港人の友人カレンの自宅にホームステイさせていただいた。彼女の両親に会うのは今回が初めて。「うちのお母さんは今“普通话”(標準中国語)を勉強してるんだよ」とカレン。小学校から授業で教わるせいか、香港の若い世代では標準語が急速に普及している。買い物に行ってもたいていの若い店員さんは問題なく標準語が通じるので、広東語ができなくてもコミュニケーションができる。でもひとつ上の世代となると話は別。標準語教育を受けてこなかった中年世代では、流暢な英語は話せても標準語はしどろもどろ…という人が少なくないのだ。
 あづの母親と同い年であるカレンのママもまたそのひとり。彼女の話す標準語は明らかに広東なまりの発音で、声調もあやふや。でも努めてゆっくりはっきり話してくれるので、わたしでも十分聞き取れる。ある話の折、カレンのママがこう言っているのを耳にした。
 「…我想好好欣赏自己的生命。」(私は自分の命を高く評価したいの)
 その場にいた他の友達は普通に聞き流してしまったかもしれないこの一言。けれど “命”とか“生きる”といった言葉に敏感なわたしにとっては、ある意味衝撃的な言葉だった。どうしてもこの言葉が耳について離れなかったわたしは、二人きりになったのを見計らってカレンのママにそっと聞いてみた。「どうしたらそう思えるんですか?」

 彼女は、自分自身も以前は自らに対する要求が高く、常に人と比較してしまい、それゆえに自分に失望しがちだったことを打ち明けてくれた。
 「あづは“愛人如己”(己の如く人を愛せよ)という言葉を知っているかしら。私は長年、この言葉の“愛人”(人を愛せよ)という前半部分の意味しか考えたことがなかったの。でもある時初めて、後半部分の“如己”(己の如く)という二文字の存在に気がついたのね。“如己”というからには、『あなたが自分を愛し、自分をいとおしむのと同じ仕方で』他の人にも親切にしなさい、という意味だったのよ。つまり、人を愛する前提として自分を愛することがまず必要だということがわかったの」
 確かにそうだ。「己」を愛していない人が「己の如く」何かを愛するなんて無理な話。わたしはうつ状態になると極端に自己評価が低くなり、自分で自分を罵ったりけなすこともしばしばあった。「自分を愛する」なんて一見ナルシストみたいだけど、カレンのママが言いたいのはきっと「健全な自尊心」のことだと思う。まずは自分の存在を肯定してあげること、そこからスタート。「あづも自分を大切にすることを覚えなさい」とカレンママ。あの「欣赏生命」というセリフは、長年の葛藤を経て彼女が「獲得した」人生観だったのだ。そう思うと、とても重みがある。

 カレンのママとは初対面だったけれど、この一件で一気に親しみが湧いた。いろいろな国を旅したことがあり、二十ヶ国を超える外国の人々を家に招待したことがあるという国際派家族。「日本にも何度か行ったのよ」と話してくれたので、「日本の印象はいかがでしたか」と聞いてみた。彼女は「そうねぇ…」というようにゆっくり言葉を選びながらこう言った。
 「日本はとても丁寧で美しい国だった。ただね、ひとつ気になったのは…ほら、日本で買い物するとたとえどんなに小さな物でも、買ったものをきれいにラッピングしてくれるでしょう。必要以上と思えるほど、可愛らしい小箱や包装紙やリボンで飾り立てて手渡してくれる。時にはラッピングばかり立派で中身とそぐわない時もある。それがね、日本人のイメージとよく重なるの。私から見て日本人はみんな“ラッピング”してるように思えてならないのよ。見かけは物腰が柔らかくて礼儀正しくておとなしい、でも“本来の自分”を包装紙の中の見えないところにしまっているような気がするの。その壁がとても厚く感じて、ここはなんて特殊な国だろうって思ったわ」
 日本人はみんな“ラッピング”している。
 香港の人がそう形容するのを聞いて、わたしは思わずうなってしまった。ああ、なんだかすごくよくわかる、本当にそうかもしれない。自分がいい例だ。無意識のうちに、日本社会で一般に良しとされる振る舞いに徹している自分。本音はひたすら内輪だけにとどめ、公には当たり障りのない言葉しか話さない。コミュニケーションで最も気をつけているのは、何はともあれ角の立たないようにすること。それは決して悪いことではないけれど、自由に自分を表現することの心地よさを知っている人たちから見たら、不自然に違いない。

 香港旅行が「自分を愛すること」「自分らしくあること」について考えるチャンスになろうとは、思ってもいなかった。実はわたしは自分の今後の計画について迷っていることがあり、香港の友人に相談してヒントをもらいたいと思っていた。自分で決定を下すより、誰かに勧めてもらったものに従うほうがラクだからだ。でも香港でカレンのママと話しているうちに突然、(やっぱり自分の計画は自分の意思で決めよう)と思えてきた。この意識の変化が、今回の旅の最大の収穫だったかもしれない。
 ありがとう、香港。ありがとう、カレンのママ。

 ↓ 懐かしい香港の空。
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by azu-sh | 2011-03-03 12:14 | 「あづ」の一筆コラム