★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
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日本語教師になります!

b0074017_18113138.jpg 二月後半に失業してからちょうど半年、今日あづはついに再就職を果たしました!何の仕事かというと…「正規の日本語教師になるための420時間の講習を受ける」ことと、「外国人の子供たちに日本語を教える」こと、「生徒」と「先生」の二本立てです。日本語教師になるための420時間の講座は、市内の語学学校で受講すると学費が50~60万円かかるそうです。それを、なんと授業料タダ+教材費タダ+毎週一回東京へのスクーリング費タダ+正社員並みのお給料付きで学べるのです。しかも授業(労働)時間は実質午前二時間、午後二時間のみ。通勤は車で片道一時間と少し時間がかかるけれど、慣れてしまえば平気でしょう。

 日本語教師の勉強は実は10年前にもチャレンジしたことがあるんです。通信講座で学んだのですが、九割ほど進んだのにレポートが提出できなくて修了できずじまい。あのリベンジを図るべく、今回は7人の応募者の中から唯一わたしが選ばれました。たぶん、通信教育を受けた経歴と中国で日本語を教えた経験が買われたのだと思います。来年、海外に引っ越す計画でいましたが、こんな都合のいい話が舞い込んできたので出発を少し延ばして訓練を受けることにしました。わたしは高学歴ではないので、海外で就職活動をするとたいてい学歴で引っかかります。でも、日本語教師としての正規の資格が取れたら、海外での就職に断然有利になります。これで出発前に少し自信をつけられそうです。

b0074017_18105285.jpg 外国人の子供たちに日本語を教えるのは、勉強と並行して実地訓練です。今日は実際の授業を見学しながら生徒たちの名前を覚えるのに必死…。ウィリアムくん、ルーカスくん、ジェイサちゃん、テイシンちゃん…みんな、国籍も学年も母語も違います。日本語もまだつたないので、わからなくなるとタガログ語やポルトガル語、中国語や英語が飛び交います。そのインターナショナルな光景にしばし圧倒されてしまったあづ先生でした。しかし、外国人の子供たちを見ていて感じたことは、なんて素直で表情豊かなんでしょう!気持ちがいいくらい大声で笑い、授業に夢中な子供たちを見ていて、(この子たちならきっとすぐ仲良くなれる、きっと楽しく勉強できる!)と、確かな手ごたえを感じました。

 あづの全く知らない世界。
 外国から来た子供たちに正しい日本語を教え、生活面・精神面・感情面のサポートをする仕事。ちゃんと任務を果たせるように一生懸命頑張ります!今日から始まった、あづの新しい挑戦です!


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# by azu-sh | 2011-08-22 18:15 | 「あづ」の挑戦!日本語教師
 三ヶ月ほど待っていた、「上海でのカルテ」がついに手元に届いた。今後再び中国語圏に移るかもしれないことを予想して、以前の主治医にお願いしていたものである。16ページにわたるカルテには、わたしの上海での治療歴が詳しく記録されている。自分には全く覚えがないけれど、当時の記憶力・計算力・理解力・判断力・認知力などのテスト結果もあり、読んでいて失笑…。全部中国語で問答していたので、わたしにとっては中国語の会話能力テストみたいなもの。

医師 「742650、はい、この数字を覚えて」
あづ 「742650」
医師 「100引く7は?」
あづ 「93」
医師 「さらに7を引くと?」
あづ 「86」
医師 「日本の首相は誰?」
あづ 「安倍さんです」
医師 「500gの鉄と500gの綿はどちらが重い?」
あづ 「同じです」  (→引っかからなかった!)
医師 「ニワトリとアヒルはどこが違う?」
あづ 「アヒルは泳げます」

 このようなやりとりが延々と一字一句、残されている。医師の書いた記録の中には当時のわたしの気持ちが如実に現れている箇所もあり、ハッとさせられた。

「中国語で話すことができ、視線も正常、笑顔を浮かべながら低い声で話す。“先週の木曜日から調子が悪くて、たくさん薬を飲んだ。でも死にたかったんじゃない。少しでいいから苦痛から逃れたかった”と言う」

「三歳の時に両親が別れ、姉と引き離された。子供の頃、父親は子供たちが互いに会うことを禁じており、大きくなってから再会した。今日母親が自分の元からいなくなる夢を見て、とても悲しくなったと話す」

「一週間何も食べていない。スイカを少しと水を少し。たまに牛乳を飲む。昨晩、無感覚になりたくて50度の酒を一瓶飲んだ。今日の午前中、刃物で自分を傷つけ、左手に生々しいたくさんの傷を作る」

「情緒が不安定で強烈な抑うつ状態にある。“薬をたくさん飲んで運転すれば死ねると思った”と話す。“今でもそう思う?”と尋ねると、“わたしは27歳になったら死ななきゃいけないと決めている”と話す」

……わたしは日本でうつ病を発病し、上海で再発した。上海では数え切れない自傷行為や自殺未遂を繰り返し、二ヶ月入院した。記録によると、ECT(当時のいわゆる電気ショック治療)を10回受けている。病院の食事がまずかったから、お見舞いで持ってきてくれるお菓子しか口にせず、みるみる痩せていった。

 海外で病院にかかったこと、それも精神科に入院したなんて、何の自慢にもならない。それどころか、会社にも友人にもルームメートにも家族にも多大な迷惑をかけてしまった。でも、あれから数年たった今、当時のカルテを手にしたわたしは、あの時の痛みの記憶と世話してくれた先生や仲間たちの心配そうな笑顔をこうして思い起こすことになった。

 「うつ」はとても、とても苦しく、数々の原因不明な体の不調と、経験した者にしかわからない悶えるような抑うつ感情につきまとわれる。生きていることが、息を吸うことが、こんなに認めがたく許しがたい。明日が来ることなんて考えられない、今この瞬間にでも命が尽きてくれたら…と呪いのように念じ続ける。わたしもまた、そんな日々を繰り返していた。数年おきに大爆発が起きる。そんな時、何が、誰が、救いになるのか。

 李医師、龍看護師、入院仲間だった中国人の友人たちに言いたい。わたしは、生きてるよ。それも惰性ではなく目的を持って。投げやりではなく、喜びを持って。病気は治ったわけじゃない。これからも一生病院のお世話にならなくちゃならない。でもね、あづは「明日のために生きたい」って思えるようになったの。だから。あきらめないで、あなたも。大丈夫だから、苦しくても死なないで。わたしは、絶対に打ち負かされないから!
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# by azu-sh | 2011-08-19 17:46 | 「あづ」の「うつ」

TIME IS・・・

 先週だんなの実家に帰って、わたしが三年間催促していたものを見せてもらった。それはだんなの子供時代の写真。どんな顔で、どんな服着て、どんな仲間と、どんな所に行ったのか、興味があったから。わたしたちはそれぞれ違う県で違う学年で、何の接点もなく子供時代を過ごした。でも、古いアルバムをめくって面影の残るあどけない顔を見たらふと涙が出そうになった。
 矢野さんの、あの曲が頭の中で流れていた。

TIME IS
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あなたの 子供の時間(とき)を たずねた
学校休む アイスクリーム落っことす
髪をのばして また切って
いつもあなたは 遠くを見てる
わたしを探して いるように
どこかであおうと あなたは言った
TIME IS… TIME IS…
小さな子供は おとなになって
いつかわたしを抱きしめる
小さな子供は おとなになって
いつかわたしの前に立つ


 小さかった頃。キミはどんなお嫁さんがほしいか考えたことあったかな?クラスの美少女にあこがれたことがあったかな?自分が将来結婚するなんて、想像したことあった?小学校の人気者だったキミ。サッカーの選手だったキミ。写真の中に小さいキミがいる。手を伸ばして触りたい。こっちにおいで、と手招きしたい。小さいキミがいとおしい。

 いつしか出会って夫婦になって、一緒に整骨院に通っている。(笑)「腰がむちゃくちゃ痛くて」…と訴え、先生にバキバキッと技をかけられているキミ。先に終わったわたしは、整骨院でかかっていたビーチボーイズのココモを聴いてノリノリになっていたりして。
 人間の持ち時間って短いけれど、おもしろいことがいっぱいだね。子供の頃、(10歳で年齢止まればいいのに)って思ってた。でも10歳で人生が止まっていたら、キミとわたしは二人の知らない小学生のままだった。

 おとなになって、わたしの前に立ってくれてありがとう。
 根気よく、整骨院通おうぜ♪
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# by azu-sh | 2011-08-12 15:00 | 「あづ」の一筆コラム

お父さん、お母さんへ

 「わたしたち来年留学しようと思ってるんだ」
 とうとう、双方の両親にそう話しました。わたしたちも結婚して三年目、だんなはまだ若いけどわたしももういい歳だし(笑)、つまりは両親もそろそろ壮年期→老年期。親が元気なうちしか自由に動けないという現実もあり、わたしたちも行くなら今だと思い切ったわけです。

 最初はわたしの父に。「おぉ、行けばいいじゃないか。向こうに行ったらお父さんも呼んでくれよ」とのこと。上海にも遊びに来てくれた父ですから、招待すればきっと勇んで来てくれるでしょう。

 次はだんなの両親に。お母さんは「中高年になってからやりたいことがあってももう時間切れだよ、わたしは若いあなたたちの夢を応援する。行ってらっしゃい」との頼もしいお言葉。お父さんは「子供の夢を邪魔するのが一番いけない親だ」と言いつつも、「だけど、ホントは孫がほしいなぁ。近所の人たち、みんな産まれてるもんなぁ…」と本音をついポロリ…(笑)ごめんね、でもありがとう。

 最後はわたしの母に。これが一番難関だと思っていました。いまだに子離れできない母、わたしへの依存も強く、寂しいのがキライ。でもわたしを上海に送り出してくれたのも母だったから、今回も期待して…。母の反応は「……」という感じでした。わたしが「わたし、上海にいた時二年以上一度も帰国しなかったけど、今度はちょくちょく顔出すから。今はメールもできるしね!」と言うと少し和らいだ表情に。母の願っていることはわかってるんです。「お母さんは孫を抱きたい…」う~ん、それを言われるとつらい。でも、なぜ留学したいか話したら、涙も見せずに賛成してくれました。

 これで第一関門、親の同意は得られたわけですが、問題はまだまだ…。わたしも海外生活初心者ではありませんが、行く都市が違えば勝手も違う。気候や食べ物、物価や家賃、留学先の大学情報や医療環境…。わからないことはいっぱい。でもうまくいかないことすら楽しむつもりで、夢の実現に近づけたらいいな。

 よーし、今からいよいよ本格始動。
 あづ、二度目の日本脱出に向けてはじめの一~歩!
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# by azu-sh | 2011-08-07 12:54 | 「あづ」の一筆コラム

事故ったぁぁ~~(泣)

 愛車ラパンの右側面がべこべこに凹んでしまいました。鍵穴も使えないし、後ろのドアちゃんと閉まんないし(涙)…おととい、道路を直進していたら、交差する道から突然車が右折してきてラパンのおなかにがっしゃん!相手の運転手さんいわく、「右だけ確認して車がいなかったから発進した、左を全く見ていなかった」とのことでうちのラパンちゃんは見落とされてしまった模様…。相手側に「一時停止」の標識があるので、相手の不注意が主な原因らしい。真横から突っ込まれたうちの車は大きく損傷し、運転していただんなは肘や首、助手席にいたわたしは頭を打ってしまいました。救急車も来たのですが、連れて行かれずにすみました。しかし…わたしたちを守ってくれたラパンちゃん~~かわいそ~~!今日板金屋さんに持って行きました。早く元気になって戻ってきてね~(泣)

 というわけで、あづは夏休み中…(笑)

 皆さん、事故は気をつけましょうね★
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# by azu-sh | 2011-08-04 12:11 | 「あづ」の一筆コラム
 それは、わたしが上海のデザイン会社で雑用係をやっていた時のこと。社内の日本人はみんな中国語が片言だったため、面倒な手続きや通訳は全部わたしにくる。一度、ものすごく熾烈なけんかの通訳をした。

 先攻・日本人の女社長…「家賃を払ってる間はこの事務所はうちのものよ、期限が来たからってどきませんからね!」
 後攻・上海人の不動産屋…「一ヶ月単位で部屋を借りることはできません、退去期限が来たのだから出て行ってください!」
 日本人の女社長はとても勝気な人で、しかもこの時精神状態がおかしかった。ヒステリックで強引で、筋の通らないことを早口の日本語でまくしたてる。「ほら、あづさん、今わたしが言ったこと彼に伝えてよ」
 でも「そのまま」通訳したら、相手は怒り出すに決まってる。わたしは少し抑え目に通訳した。すると、中国語が少しわかる彼女は満足しない。「あづさん。ちゃんと言ってないでしょ、わたしの言ったまま通訳してよ!」
 上海人の不動産屋は四、五人体制で臨んできた。「いいですか、この契約書を見てください。今日で契約日が満了です。どうしてまだここに住んでいるんですか?うちは実力行使もできるんですよ!」
 わたしは間に割って入って丁寧な中国語で言った。「不動産屋さん、契約書は確かにそう書いてあります。でも家賃をその分お払いするからもう少し待ってほしいんです、引っ越し先もまだ見つかっていませんし引っ越しも一日や二日では終わりません」すると、女社長はわたしに電話の子機を渡してきた。「不動産屋じゃラチあかない、頭固くてケチなんだから。大家さんと直接交渉して」
 大家さんは台湾人で、台北にいた。わたしは会ったこともない人に国際電話をかけた。当然のことながら、大家さんの言い分は「不動産屋が正しい。わたしはすべてを不動産屋に一任してある」…女社長はヒステリックに「大家さんがいいというまで電話かけ続けなさい!」とわたしに命令した。わたしは仕方なく二回、三回…と電話をかけ続けた。三回目、着信拒否された。
 女社長は「出て行ってください」と繰り返す不動産屋に猛烈に腹を立て、「警察呼ぶわよ!」と叫んだ。不動産会社はしめたもの。「あぁ、どうぞ呼んでください」そこで女社長はわたしに警察を呼ばせようとした。わたしは彼女の神経を逆なでしないように、小さい声で言った。「今、警察を呼べば日本人のわたしたちが圧倒的に不利です。たとえこちらに非がなくても、警察は上海人の肩を持ちます。警察を呼んだらおしまいです」
 逆上した彼女は不動産屋の大柄な男性を力ずくでベランダに押し出し、内側から鍵をかけようとした。「あんたなんか、外にいなさいよ!入ってこないで!」わたしは反射的に(まずい!)と思い、走って彼女の手を押さえ、鍵をかけるのを阻止して彼が入ってこられるようにベランダの戸を大きく開けた。「あづさん、何するの!」と言われたが、これは絶対にいけない。日本人の女なんかに、大勢の見ている前でベランダに締め出されるなんてメンツ丸つぶれもいいところ。中国人はメンツを何より大切にする、そしてそれを潰された時は…執念深い。
 そんなことも知らない女社長は言い訳にもならない理由を並べ立てて、「家賃は払ってある。まだうちのものだ!」と言い張り、わたしに通訳させる。しかし、どう見てもこっちが劣勢なけんかに本気で通訳するのもバカらしくなってきた。だいたい、うちの女社長は常識はずれだ。わたしはもう通訳をやめて交渉に入った。
 「わかりました、引っ越しの準備が出来次第、ここを明け渡します。でもそれには少し時間が必要です。家賃を払いますからもうしばらくいさせてください」
 不動産屋はこちらが低姿勢になったのを見て満足し、少し態度を和らげた。日本企業なんて上海ではよそ者、時には低姿勢に出ることも日本の中小企業が中国で生き抜くためのしたたかな知恵だ。中国で正式に商売をしていても自分たちは決して中国人と対等ではないこと、本気でけんかするとここでは逆に不利だということ。知らないと怖い目に遭う。

 わたしが台湾に何度も電話したり、ベランダの戸を押さえたり、警察呼ぶのを阻止したり、双方の言い分を言葉を選んで必死に通訳している間、うちの男性社員四人は何もせず、何も話さなかった!キミたち、なんとか言えよ!
 不動産屋が退散した後、新入社員の男の子(日本人)がひそひそ声でわたしに話しかけてきた。「さっきのあづさん、すごかったですよ、言ったことを直接通訳しないで相手を怒らせないようにしてた、何とか丸く収まったのはあづさんのおかげです。でもぼく…」

 「この会社辞めていいですか?」

 この大げんかで、この会社は新入社員と事務所を失い、残った社員の社長に対する信頼と尊敬もがた落ちになったのでした。もちろん売り上げも大幅下落。
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 信用は築くのは大変、でも崩すのは一瞬ですね。
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# by azu-sh | 2011-07-31 01:51 | 「あづ」の中国アルバイト
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 「 仮に来年の春に 僕の命が尽きると判っても
  その次の春に咲く花を 明日植えるように
  生きてゆきたいと 」

 上海にいる時、日記帳に赤いペンで走り書きしたこの詞。作詞者はさだまさしさんです。なぜわたしがこの詞を好きだったのか、当時の心境はわからないけど、なんだかとっても感動し共感したんですね。

 「来年の春に命が尽きる」とわかったら、わたし何をするかなぁ?
 わたしはまだこんな若さだけど、やり残したことはないような気がするんです。こんなコト言ったら怒られそうだけど、今まで本当に一生懸命生きてきてやりたいこともやれたし、この詞にあるようにあとは「その次の春に咲く花を植える」ことくらいしか思いつかない。
 「欲」がない。
 貪欲の「欲」か、意欲の「欲」かわからないけど、わたし昔から「欲」がないんです。だからアグレッシブなアスリートのインタビューとか聞いてると、自分とは人種が違うなぁって思う。わたしは金メダルも欲しくないし、名を残したくもない。お金も欲しくないし、誰のこともうらやましくない。

 (人間、何か夢を持たなくちゃ)と自分をせき立てているから、今はテキトーな「夢」を語れます。でもその「夢」に対してもやっぱり「欲」がないんです。叶わなくても失敗してもすんなり受け入れられそうな、感じ。こんなんじゃダメかしら?もっと生きることに貪欲になったほうがいいの?がむしゃらに幸せを追求すべき?

 「 愛する人とめぐり逢えたら 抱きしめた腕をゆるめてはいけない
  時を越えて変わらないのが愛だよ」

 命はいつ尽きるかわからない。でも「人を愛すること」を知ると、命をもう一日、もう一日…と延ばしたくなる。それが、今のわたしの最大の不思議です。明日も来週も来年も生きていたいと思うなんて、ちょっと前には考えられなかった。「生きること」にすら「欲」がないって、生き物としての本能を見失ってると思うから。
 本能を目覚めさせてくれた、キミにありがとう。

 今日みたいな涼しい晩、ベランダから花火が見られたらいいのにな…。
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# by azu-sh | 2011-07-24 19:50 | 「あづ」の一筆コラム

海賊版リラックマ?!

 中国で働いている友人が一時帰国して、はるばるわたしの家まで遊びに来てくれました♪彼女とは離れていても距離を感じない。わたしより年下だけど、何でも打ち明けて何でも相談できる数少ない親友です。その彼女が中国から帰ってくる前、「おみやげは何がいい?」と聞いてくれました。中国みやげだったら欲しいものいっぱいあるんですけど、今回は迷わず「リラックマの海賊版グッズ!」(笑)何でも、彼女の話では中国では赤い顔のリラックマなど、あり得ないパロディグッズが出回ってるとのことで…。
 “帰国が急に早まってしまったため、あまり選べなかった”と言いつつもツッコミどころ満載のおもしろいものを持ってきてくれました。
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 このキイロイトリが手に持っているものは一体…?(笑)顔の位置も体のバランスもなんとなく微妙だし。キミはブラシで顔をかいているのか?なんか変。
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 リラックマの口から垂れているものは何…?まるで間違って描いたかのような怪しい形のよだれ。(笑)そして顔の輪郭だけの付箋って何に使えばいいの?

 あとはこれもわたしのリクエストで、日本でなかなか売ってない色のマニキュアとか、お湯で溶くと甘い豆乳になる粉とか。あっ、忘れちゃいけない、日本の正規版のリラックマグッズもいただきました♪旅行先でアクセサリーをなくさないようにきれいにしまえるアクセサリーポーチ!ピアスとか、指輪とか、ネックレスを絡まないようにしまえるスグレモノです。

 わーいわーい!リラックマグッズをもらって超ごきげんのあづでした。でも一番うれしかったのは、気心の知れた友人を迎えて、だんなと三人で寝るのも惜しんで話し込んだこと。本当の友達とは苦難の時のために生まれた兄弟である。そんな名言を思い出しながら彼女の前途の平安を祈っています。ありがとう♪


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# by azu-sh | 2011-07-19 17:49 | 「あづ」の一筆コラム
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 金曜日は職業訓練最後の授業日でした。何をやるとも知らされず学校に行ったら、「今日は自己表現の練習でスピーチをやります」とのこと。18人が全員一人ずつ、テーマありの2分間スピーチを四本、即興の1分間スピーチを一本、合計五本のスピーチをやる羽目に…。最初のテーマは「自己紹介を兼ねて自分の子供時代のエピソードを話す」、次は「自分の失敗談、そしてどう対処したかを話す」、そして「自分の得意なこと、または聞いてお得な情報を話す」、次が「先生が指名した順に先生の指定したテーマで即興の話をする」、最後は「聞いて感動する話をする」というなかなか難しいお題。

 でもあづはスピーチ大好きなので、思いきり楽しんで話しちゃいました。わたしは7歳の時から人前でスピーチする訓練課程に参加しています。声量・抑揚・発音・マイクの使い方といった基本的なことから、ジェスチャーと表情で伝える・原稿に頼らず筋書きをもとに話す・身近な例えを使って話す・視覚に訴えるものを使う・時間の配分・効果的な序論と結論…といった比較的高度な技術まで教えてくれる課程なんです。わたしはこの訓練のおかげで、高校の入学式でスピーチした時も中国語の弁論大会に出た時も全くおじけずに確信を込めて話すことができたし、仕事の面接や病院のカウンセリングなどでも大抵言葉に詰まることがないんです。

 職業訓練の同級生たちから「あなたは情報を発信する仕事が向いてるよ」と口々に言われました。話すこと・書くことが大好きなわたし。確かにそういう仕事がやりたいんですが、現実の求人事情ではやっぱり難しいかなぁ。あきらめずに自分の理想の職を求め続けるか、生活の糧を得られる仕事なら何でも妥協するか…訓練生みんなの悩みどころです。

 次の火曜日は卒業式。三ヶ月の訓練が終わり、みんなそれぞれの道に進んでゆきます。あづもとりあえず来月の生活費を得るために就活しなければ。みんなはデザイナーを目指してるみたいだけど、プライドのないわたしは(コンビニでもお総菜屋さんでもいいや)というカンジです(笑)。でも、わたしもいつか自分のやりたい職業に就ける日が来るのかなぁ?…充実していた三ヶ月、年齢も経歴も違う同級生たちと切磋琢磨し合った三ヶ月がとうとう終わります。
 がんばりましたッ◎ 次は就活!!


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# by azu-sh | 2011-07-17 13:44 | 「あづ」の一筆コラム
 1997年 早く来て そうしたら私、香港に行けるわ
 1997年 早く来て ヤオハンの服ってどんなのかしら
 1997年 早く来て 私に香港コロシアムで歌わせて
 1997年 早く来て 出国の赤いスタンプをちょうだい…

 そう無邪気に歌ったのは、当時20代だった中国・瀋陽出身の歌手・艾敬(アイ・ジン)。わたしは彼女の美しい発音の中国語曲が大好きで、CDもたくさん持ってました。「1997年」といえば、中国人にとって特別な年。そう、香港がイギリスの統治下から中国に返還された歴史的な年です。1969年生まれのアイ・ジンは、香港に強い憧れを感じ、1992年にこの歌を発表しました。日本でも発売されたこのCD、わたしが買った時もまだ香港返還前でしたから、わたしも相当な中国語学習歴…(笑)
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 1997年7月1日深夜、わたしは布団の中でラジオにかじりついて、香港返還式典の中継を聞いていました。(いつの時代の話?…笑)その三週間後、生まれて初めて中国を訪れました。その感動を残したくて、アイ・ジンの真似をしてみようと思い立ち…。「私の1997」という詩を書きました(笑)これがその詩です。


   「私の1997」     by AZU

まだ食堂も開いてないのに
着替えも済んだし髪もきっちりしばった
Tシャツを乾かしながら窓から外を見る
だれかしら、一人でバスケ
ボールをつく音が心に響くわ
ああ ここは中国 風の味が違うもの
空気の成分は 日本と同じはずなのに でも でも
やっぱり 初めて知る味ね
だってほら どこからか 焼いたニンニクのいい香り
指に透明なマニキュア 塗ってから朝ご飯にしましょう

1997 1997 1997 1997
一国二制度香港回帰 南京条約はもう無効よ
ポスター見たでしょ 女の子と飛び立つ鳩の

(中略)

1997 1997 1997 1997
成田の皆さん 出国の青いスタンプありがとう
艾敬のマネしちゃうけど これが私の1997

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 アイ・ジンが香港返還10年後の2007年に作った歌を聞いて、わたしはすごくうれしかったです。わたしの中国への憧れの扉を開いてくれたアイ・ジンが、戻ってきた…。そして香港で、こんなに気持ち良さそうに歌ってる。皆さんもぜひ聞いてみてくださいね。

 ↓ 青字をクリックすると聞けるよ!
アイ・ジン(艾敬) 我的1997和2007
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# by azu-sh | 2011-07-09 19:05 | 「あづ」の香港観光局
 わたしが上海で日本語を教えていたある日系企業は、ウェディングプランナーでした。日本語の授業のためにその会社を訪れると、様々なデザインのウェディングドレスがずらりと並び、ブーケやベールもいっぱい。わたし自身も結婚式の着付けに呼ばれたり、蘇州へドレスの仕入れに行ったり、ウェディング関係の仕事をしていました。しかし、その頃は結婚願望ゼロだったなぁ…(あっはっは)
 ドレスといえば、わたしは中世のヨーロッパのようなデザインが好きで、金糸や深紅で飾られたパゴダスリーブのドレスが着てみたかったですね。(←単に二の腕を隠したいから?)いや、今でも一度着てみたいものです。でも、パゴダスリーブってウェディングドレスの世界じゃ時代遅れなんですよね…。(でもわたしが着たいのは白じゃないからいいや!)次回中国に行ったら、今度こそ変身写真館で中世のお姫様になってみたい!
 女の子なら誰でも、一度は変身してみたいよね!あこがれのドレスを着て、夢のような写真を撮ってみたい♪

 ↓ これは前回、変身写真館で着た白いドレス。(というかブーケ)
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# by azu-sh | 2011-07-04 19:26 | 「あづ」の一筆コラム
 わたしの撮った香港の写真たちに一手間加えて、加工。
 こんなのもいいよね?
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 ビクトリアピークからの夜景もきれいだし。
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 これは気に入っている一枚。おしゃれな街角の絵。
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 この子は香港にいるお友達です。
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# by azu-sh | 2011-07-02 11:25 | 「あづ」の香港観光局
 一体、何なんでしょうね。今日のタイトル。

 これは昨日のだんなの寝言です。うちのだんなさんは愉快な寝言を言うんです。確かにぐっすり眠っているのに意味不明の言葉をはっきりと話し、返事すれば答えるからすごく楽しい♪(←すっかり遊んでるあづ)
 昨日の朝、起き抜けに突然言った言葉が、
 「油揚げに包まれた壁掛け豆腐!」
……と、二回繰り返しました。
 なんやねん、それ?意味わからん。何の夢を見ていたのやら?

 だんなは日本人ですが、寝言は50%が日本語、50%が中国語です。そう、寝ている時は立派なバイリンガルなのです。中国語で寝言を言う時は、いつも力が入っています。まるでどこかで演説しているみたいな。
 「上海需要更多的○○!」
(上海にはもっと多くの○○が必要だ!)
 ○○の部分は残念ながらムニャムニャしてて聞き取れなかったんですが、寝ているくせに発音も抑揚も上手いんです。

 困る時もあります。真夜中に、
「すみませーーん!」
と、店員さんを呼んでいるかのような大声を出すこともあり、わたしは(誰か来たのか?何かあったのか?)とびっくりする始末。

 だんなが寝入ったので、寝室の部屋の電気を消したら、
 「今日は緑色なんだね!」
 な、何が?(笑)
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 ↑ 今日、友人に書いた手紙をポストに入れようと、学校の昼休みにポストを探していたら……あった!しかもなんとポストの前は駄菓子屋さん!えっ、こんなところに昔ながらの駄菓子屋さんが?!思わず、買っちゃいましたよ。これ全部でたった100円!通っちゃうかも~♪ 
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# by azu-sh | 2011-06-27 18:05 | 「あづ」の一筆コラム

わたしの至言ファイル

「あなたが植えられたところで花を咲かせなさい」

「人々は時々同じ事柄を見ることがありますが,それに対して消極的な見方をする人もいれば,積極的な見方をする人もいます。積極的な考えを他の人に語ってください。もし消極的な会話を聞いたなら,話題を変えて消極的な考えを避けてください」

「自分自身に関して平衡の取れた見方をし,自分のやり方に必ずしも固執せず,機会があればすかさず他の人をほめて築き上げ,知識があっても他の人に引け目を感じさせない人,そういう人と共にいるのは楽しいことです」

「『悪魔のせいでそうしてしまったんです』と言い得る人はだれもいません」

「自分の顔の表情に注意しましょう。人々は,幸福な人を見るのが好きなのです」

「愛において成長しつづけなさい。愛は,養えば成長しますが,放っておけば死ぬ恐れがあります」

「人々を本気で助けようと思っているのであれば、そうする方法は必ず見つかります」
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 心に響いた言葉を集めた、わたしの至言ファイル。
 途方に暮れた時、これをひらけば必ずヒントがもらえる。
 そんな珠玉の言葉たち。
 今日もまた、このファイルに慰められて明日への活力を得、眠りにつく。
 それがあづの毎日。
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# by azu-sh | 2011-06-23 23:37 | 「あづ」の一筆コラム
 ひとつ検定試験が終わったと思ったら、その結果を待たずに次の検定日が今日発表されました。次は二週間後、今度はホームページ作成技能を測る検定です。今日受験票に記入しました。職業を書く欄があって…、
「ここはなんて書く?」…「学校行ってるんだからさ、いちお、学生だよね?」…
「いーや、やっぱ“無職”でしょう」…とザワザワ。隣の席の男性が「俺は“住所不定無職”でいいかな」と言うと、思わず先生は「皆さん、職業の欄は“その他”でいいですよ~」(笑)…ビミョーな立場のわたしたちなのデス。再就職を目指して県内から集まった18人のクラスですが、中にはすごい経歴の持ち主もいます。みんな決して、競争に負けてここに集まったんじゃない、それぞれ自分の理想を叶えるために三ヶ月の職業訓練を選んだのだと思います。
 あと一ヶ月、がんばれ!わたしたち!

 いつも一緒に昼食を食べるSさんは離婚の調停中。一歳になったばかりの息子を保育園に預けながらの通学です。昼休みに特大のマミーポコ?を買ってきては空いている席に置いておくのが微笑ましい。彼女とはいつも、精神的な病を持つ人とどう付き合ったらいいか、という話になります。たぶん、だんなさんが軽い障害を抱えているのでしょう。でも医学的に見たら“軽い”障害も、妻にとっては精神的なDV。Sさんは「自分も虐待を受けて育ってきたから、DVを受けるのは普通のことと思っていた、むしろそれが暴力だとは気づかなかった」と言います。話を聞いていると、わたしも自分が自分の家庭を“標準”と考えていたゆえに、親の特異性や精神的な障害に気づかなかったことを思い出します。う~ん、職業訓練、人生の勉強にもなります。
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 ↑ これは上海の豫園で一個1元(約13円)で買ったワンちゃん。ホントは2元だったんだけど、「いっぱい買うから1元にして」とまけさせたあづ。まったくひどいですよね、2元で買ってあげればいいのに。(笑)このワンちゃんは鉛筆の飾りです。可愛くて気に入っています。


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# by azu-sh | 2011-06-20 17:51 | 「あづ」の一筆コラム