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上海っ子AZUが早朝に見る夢の跡。


by azu-sh
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黄金色の牧場で <コラム>

 Angelちゃん誕生の話を書いていたら、同じように予定より二ヶ月早く生まれた別の友達を思い出した。友達、といっても人間ではない。あづの大事な遊び友達だった、小さな小さな子牛の思い出。

 あづは人間の出産に立ち会ったことはないけれど、実は牛の子供なら何度も取り上げたことがある。あれは数年前、あづが日本のとある牧場で一年間アルバイトしていた時のこと。
 初めて牛のお産を目にした時はさすがにショッキングでおろおろするばかりだったが、二回目からは慣れたもの。「あっ破水してる。急いで準備しなきゃ」という感じで、まるで助産婦さんのように度胸が据わってしまった。もともと大の動物好きだったから、牧場での仕事はそのすべてがとても新鮮だった。牛の胎児の足にロープを結わえ、力いっぱい引っ張ってお産を助ける。けれど赤ちゃんとはいえ体の大きい牛のこと、女の子ひとりの力ではとても無理。牧場のスタッフ三人くらいで綱引きのようにロープを引っ張る。子牛の頭が見えた!それ、もう一息!
 生まれたばかりの子牛は、全身ぬるぬる。湯気の立つ子牛をわたしが全身で受け止め、わらで丁寧に拭いていく。母牛から搾ったばかりのバターのような黄色い初乳をペットボトルにうつし、子牛の口をこじあけて飲ませるのもあづの役目。生まれてはじめてのミルクだからうまく飲み込めず、ほとんどが口のわきからこぼれてしまう。立ち上がろうともがく子牛と格闘しているから、この頃にはあづも全身ぐちょぐちょ。
 「これは一生の免疫になるんだからね。がんばって飲まなきゃだめだよ~!」と講釈を垂れながら無理やり飲ませるわたし。生まれたばかりの子牛の目は水ようかんみたいに黒く淡く透き通っている。そのピュアな瞳を見つめながら語りかける瞬間が、とても好きだった。
 出産ピークの季節になると牛舎が小さな子牛でいっぱいになり、まるで幼稚園。八十頭ほどの牛たちの搾乳を終えると、子牛たちのミルクの時間。一日の仕事の中であづが一番楽しみな時間。一頭一頭体をなで、首筋を掻いてやりながら順番にミルクを飲ませていく。横の子が飲んでいる間にちょっかいを出してバケツをひっくり返す子牛、呼んでも蹴っても昼寝から起きない子牛、つながれていた紐がゆるんだ隙に逃げ出してしまう子牛…あづは幼稚園の先生になった気分でいたずらっ子たちを連れ戻す。
黄金色の牧場で <コラム>_b0074017_20432762.jpg
 一度、ちょっとした事故で二ヶ月早く生まれてしまった子牛がいた。出産には立ち会えず、わたしが出勤した時にはもう生まれていたのだが、あまりに体が小さかったので一瞬隣りの犬が迷い込んだのかと思ったほど。白地に黒ぶちだから…犬で言うと、そう、まるでダルメシアン。誕生直後の子牛は普通おとなのヤギほどの大きさがあるのに、その子はせいぜい中型犬くらいの大きさしかなかった。駆けつけた獣医さんも「生まれるのが早すぎましたね。かわいそうだけど死ぬのに任せるしかないです」と言って帰ってしまった。
 けれど、わたしは上着の中にすっぽり入ってしまいそうなサイズのその子牛がたちまち気に入ってしまった。うちに連れて帰れたらいいのに!犬のふりして街を散歩させたら楽しそう!あづは仕事の合間にちょっとでも時間が空くと、その子牛のところに行って一緒に遊んだ。牧場のご主人に見つからないように、牧草を乗せるカートに子牛を乗せてスケボーもした。毎日必ずまっさきに頭をなでに行き、ミルクも他の子より余分に飲ませていた。
 生後二ヶ月たって、その子はやっとヤギくらいの大きさになった。病気も障害もなく、健康そのもの。無事、他の子牛たちと一緒に“幼稚園牛舎”にデビューすることになった。獣医さんからも見放され牧場のスタッフもあきらめていたのに、あづの小さな子牛は並外れた生命力でみんなを見返してくれた。あづはなんだかとても誇らしかった。
黄金色の牧場で <コラム>_b0074017_20562839.jpg
 牧場で一番美しい時間は夕暮れ時。燃えるような夕陽が山に落ちていく瞬間、まるで計算されたかのように牛舎の通路をまっすぐ照らし出す。通路に背を向けて並ぶ牛たちの尾が、金色に輝き出す。あまりに荘厳な一瞬で、あづは思わず息を飲む。ミルクを搾る搾乳機の音だけが聞こえ、金色の瞬間が過ぎていく。

黄金色の牧場で <コラム>_b0074017_20421340.jpg 夕陽に照らされた黄金色の牧場。そこで織り成される命の営み。今もこうして目を閉じると…数年前に見たあの金色がよみがえってくるようだ。
by azu-sh | 2006-06-10 20:50 | 「あづ」の一筆コラム