秋の夜の公園で <「あづ」の「うつ」(13)>
2006年 07月 06日
友人たちとの会食では、精一杯無理をしてみたものの結局何も食べられなかった。「ちょっとあづ、どうしたの?これ、あづが一番好きな料理でしょ?少しでもいいから食べなさいよ」
……おいしそうなおかずが取り皿に盛られる。あづは笑顔で「うん、いい香りー!いただきまーす!」と言うのだが、一口ですら口に入らない。スプーンでほんの少しだけすくい、口元まで持っていき無理やり押し込もうとするのだが……やっぱりダメだ。みんなが見ているのだから、後で全部吐いてもいいから食べなきゃダメ!そう言い聞かせるのに、口の中に入れることすらできない。かたくなに動かない口には我ながらお手上げだった。「あづ、本当に食欲ないの?拒食症じゃない?それじゃ死んじゃうよ?」友達が心配そうにのぞきこむ。あづはおどけた顔で「へへっ、平気だよ。まだあんまりおなかすいてないみたい」と言う。必死に笑ったら、不意に涙が出そうになった。
遠方から遊びに来てくれた親友のNちゃんは、あづのことが気が気でないらしく、一緒にいる間中あづから目を離そうとしなかった。わたしが運転すると言っているのに、「あづには運転させない。横でナビしてくれたらいいから」と言って運転を代わろうとしない。あづは例のごとく怒りで爆発しそうになった。うつ状態の時に湧き上がってくるこの激しいイライラが一番嫌い。ささいなことでそのスイッチが押されてしまう。そのたびに自己嫌悪に襲われ、呼吸が乱れる。人の善意にすらイラ立ってしまうなんて、情けないにもほどがある。
夜になり、県庁に近い繁華街でわたしたちは車を停め、広場のベンチに腰掛けた。年末でもないのに街はイルミネーションで飾られ、おしゃれな若者たちが行き交っている。残業を終えたサラリーマンたちが飲み屋に入っていく。客を待つタクシー、手を振って別れていく人たち。ここにはこんなに人間がいる。広場の噴水を見つめながら、あづはポツリポツリと最近の様子を話し出した。病院でうつ病と言われたこと。体がもはや自分のものではないかのように動かなくなったこと。死ぬ方法を具体的に考えていること。……話しながら、あづはボロボロ泣いていた。友達は話を聴きながらわたしの肩に手を回し、やっぱり泣いていた。「Nちゃんが遊びに来るってわかってたから自殺するの延期したの。でも……明日で帰っちゃうんだよね。わたし、あさっては生きてるかどうかわかんないよ」そんなことまで口にした。
友達は言うべき言葉が見つからなかったらしい。当たり前だ。こんな時に一体何と言ってあげたらいいのか、そりゃ誰でも途方に暮れるだろう。突然こんな話を聞かされてしまった、かわいそうなNちゃん。もともと口数の少ない彼女は口ごもり、ただただ涙を流していた。そして口で言えなかった分、あづの携帯にこんなメールを送ってくれた。
『わたしがあづの今の状況について知ってることはわずかだけど、どんな時もあづへの想いは変わらないよ。話したいことがあれば話してくれたらいいし、そうじゃなければ何も言わなくていいよ。泣きたいときは泣いて笑いたいときは笑えばいいからね。忘れないでね、わたしにとってあづはほんまにほんまに大切な人やの。失いたくないの。絶対に死なないでね。大好きよ』……
お世辞ではないと知っていたからうれしかった。でも、わたしにはもったいない言葉だと思った。目の前にあるどんな幸せも、厚く立ちはだかるうつの壁の前には無力だった。
……おいしそうなおかずが取り皿に盛られる。あづは笑顔で「うん、いい香りー!いただきまーす!」と言うのだが、一口ですら口に入らない。スプーンでほんの少しだけすくい、口元まで持っていき無理やり押し込もうとするのだが……やっぱりダメだ。みんなが見ているのだから、後で全部吐いてもいいから食べなきゃダメ!そう言い聞かせるのに、口の中に入れることすらできない。かたくなに動かない口には我ながらお手上げだった。「あづ、本当に食欲ないの?拒食症じゃない?それじゃ死んじゃうよ?」友達が心配そうにのぞきこむ。あづはおどけた顔で「へへっ、平気だよ。まだあんまりおなかすいてないみたい」と言う。必死に笑ったら、不意に涙が出そうになった。
遠方から遊びに来てくれた親友のNちゃんは、あづのことが気が気でないらしく、一緒にいる間中あづから目を離そうとしなかった。わたしが運転すると言っているのに、「あづには運転させない。横でナビしてくれたらいいから」と言って運転を代わろうとしない。あづは例のごとく怒りで爆発しそうになった。うつ状態の時に湧き上がってくるこの激しいイライラが一番嫌い。ささいなことでそのスイッチが押されてしまう。そのたびに自己嫌悪に襲われ、呼吸が乱れる。人の善意にすらイラ立ってしまうなんて、情けないにもほどがある。
夜になり、県庁に近い繁華街でわたしたちは車を停め、広場のベンチに腰掛けた。年末でもないのに街はイルミネーションで飾られ、おしゃれな若者たちが行き交っている。残業を終えたサラリーマンたちが飲み屋に入っていく。客を待つタクシー、手を振って別れていく人たち。ここにはこんなに人間がいる。広場の噴水を見つめながら、あづはポツリポツリと最近の様子を話し出した。病院でうつ病と言われたこと。体がもはや自分のものではないかのように動かなくなったこと。死ぬ方法を具体的に考えていること。……話しながら、あづはボロボロ泣いていた。友達は話を聴きながらわたしの肩に手を回し、やっぱり泣いていた。「Nちゃんが遊びに来るってわかってたから自殺するの延期したの。でも……明日で帰っちゃうんだよね。わたし、あさっては生きてるかどうかわかんないよ」そんなことまで口にした。
友達は言うべき言葉が見つからなかったらしい。当たり前だ。こんな時に一体何と言ってあげたらいいのか、そりゃ誰でも途方に暮れるだろう。突然こんな話を聞かされてしまった、かわいそうなNちゃん。もともと口数の少ない彼女は口ごもり、ただただ涙を流していた。そして口で言えなかった分、あづの携帯にこんなメールを送ってくれた。
『わたしがあづの今の状況について知ってることはわずかだけど、どんな時もあづへの想いは変わらないよ。話したいことがあれば話してくれたらいいし、そうじゃなければ何も言わなくていいよ。泣きたいときは泣いて笑いたいときは笑えばいいからね。忘れないでね、わたしにとってあづはほんまにほんまに大切な人やの。失いたくないの。絶対に死なないでね。大好きよ』……
お世辞ではないと知っていたからうれしかった。でも、わたしにはもったいない言葉だと思った。目の前にあるどんな幸せも、厚く立ちはだかるうつの壁の前には無力だった。
by azu-sh
| 2006-07-06 10:40
| 「あづ」の「うつ」