★2012年8月、およそ6年ぶりに中国上海に帰ってきました!このブログは「AZU」が綴る、上海(サンヘー)滞在記録。ワクワクの上海生活、まるごとお届けします。ほらね、生きてるってこんなに可笑しい★


by azu-sh
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

こだわりのあづのこだわり <手話>

 久しぶりの友人Yと会いました。わたしより七つも年下の女の子です。
彼女が高校生になった頃からほとんど姿を見ていなかったのに、なんと八ヶ月のおなかをしてもうすぐママになろうとしていました。声がひと回り優しくなっていましたが、愛嬌のある可愛い笑顔は昔のまま。
「Yちゃん、わたしたち、いくつ違うんだった?」と尋ねると、
「あづちゃんが14歳の時、あたしは7歳だったの。あづちゃんはお互いの誕生日から日数を計算して“今日はわたしがYちゃんよりぴったり二倍の日数生きている日なの”と言ってた。あたしは(そうかぁ、あづちゃんの半分しかまだ生きてないんだ)と思ったの。それが7歳の時だったからあたしとあづちゃんは7つ違いなんだよ。」
 ……何それ。(笑)覚えてない…一体世界のどこに生きてきた日数を計算して7つの子にとくとくと話して聞かせる中学生がいるのだろうか。あづ、赤面。
「確かにわたしって昔から変なこだわりがあったよね。あははは…」と言ってごまかすあづでした。

 昔、手話の指文字を一緒に覚えたよね、という話でも盛り上がりました。
「まだ覚えてる?」
「うーん、少しだけね。」
 わたしがちょっと教えてあげて自分の名前が指文字でできると、彼女は懐かしいと喜びました。わたしがちょうど14歳の頃(まだ中国語も始めていなかった頃)、わたしは手話に夢中でした。将来は手話通訳士になるんだと意気込んで手話のテキストを買い込み、家中に指文字の一覧表を貼っていました。お話の朗読テープを横で流しながら鏡を見て同時通訳の練習をしたり、そういえば高校受験の面接でも手話勉強の成果を披露したのでした。

 「ありがとう」「こんにちは」「だめだめ」といった手話は、最近では上海手話のほうが先に出てきてしまいます。中国でも昔のようにテキストを買って参考にしつつ、でも上海手話は北京の標準手話と違うから自分でイラストを描いて勉強しています。日本にいる間に、わたしがすっかり忘れてしまった日本手話を思い出せるようなテキストを買っておこう、と考えています。
 日本の病院で「解離性健忘症」と診断されてしまったあづ。自慢だったはずの記憶力がめっきり落ちてしまいました。(円周率なら今でも小数点以下110位まで言えるのに…笑)最近では記憶喪失状態が長い期間続いたり、写真を見てもつい先日のことがちっとも思い出せなかったり。一種の脳の病気です。脳を鍛えるためにもまずは以前通訳もしていた日本手話からもう一度始めてみようかな、と思っていまーす。
b0074017_882935.jpg

b0074017_812481.jpg★ユニークアクセス数が5000ヒットを超えました。どうもありがとう★
← 「谢谢」という中国手話です。
どうぞ覚えて使ってみて下さいね。
皆さん、これからもよろしくお願いします。
[PR]
by azu-sh | 2006-12-03 08:14 | 「あづ」の中国手話教室