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上海っ子AZUが早朝に見る夢の跡。


by azu-sh
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サン=テグジュペリさんへ(2) <創作小部屋>

★この物語はフランスの作家サン=テグジュペリ著「星の王子さま」のオリジナル続編です。各国のさまざまな人が「自分の出会った王子さま」の話を書いていますが、これはあづと王子さまの出会いの物語。わたしの尊敬するサン=テグジュペリさんにご報告するかたちで書いた四年前の創作童話です。★

 もちろん予想どおり、私のそんな気持ちが男の子に通じるはずもありませんでした。その子の体は冷えきっていて、小さな両手はマントを押さえていられないほどかじかんでいました。私が車のドアを開けると、男の子は後部座席右側におとなしく座り込みました。私は急いで左側に回り、男の子の隣、左後部座席に座りました。
 「ぼくはあの猫を見た時、わからないけどとても……とても昔のことを思い出したんだ。ぼくの友達、穴の中に住んでいたあの人だ。でもあの人はもっとしっぽがふさふさだったなぁ!」
 「猫もしっぽのけがが治れば、元のふさふさに戻るわよ。きみの上着にくるまっていれば、きっとだいじょうぶね。」
 金髪の男の子は、まだ私の目の向こう側を見ていました。車の左手のその向こうは、国道をはさんで、十二月の夜空と真っ暗な冷たい海が見渡す限り広がっていました。
 「ぼくが前に落ちた所じゃ、星がもっとたくさんあったんだ。五億よりたくさん、でも時々すーっと流れていくものもあったなぁ。ぼくの星がその中のどれなのかわからなかったけど、あの人は別にそれでもかまわないんだ。」
 彼の言った「あの人」が、ふさふさのしっぽを持っている「あの人」とは違うのだと言うことに私はとっくに気づいていました。私は言いました。
 「それは、あの空のどこかに確かにきみの星があるから。そうでしょう?」
 男の子は、私の問いかけがまるで聞こえなかったかのように話を続けました。それでいいのです。そのくらいは承知です。
 「猫は海の近くに行かないようにしていると言ったんだ。塩からい水は傷口にしみるし、飲んだらもっとひどくのどが渇くんだって。この近くに小さめの井戸がないか、きみは知らない?」
 彼の視線が初めて私の目をとらえました。
 「井戸があるかは知らないけど、きれいな真水ならすぐに手に入るわよ。きみが欲しいなら今すぐそこで買ってきてあげるから。」
と、私は店を指差しながら答えました。でも彼は、コンビニエンスストアの方を振り向きもせずに言いました。
 「ぼくじゃないんだ。水を欲しがっていたのは猫と、あの人だ。でもあの人は自分で井戸を見つけた。そしてぼくにも飲ませてくれた。……きみ、真水を買うってどういう意味?」
 反対に問いかけられた私は、頭の中で一生懸命気の利いた言葉を探しながら答えました。
 「ええと、つまり……ここはきみが前に降りた砂漠とは違うの。でもきみの猫が水を欲しがっているのなら、急いで持って行ってあげなくちゃね。きみが飼いならした猫ならきみに責任があるのよね。」
 男の子はまた私の目を飛び越えて、車窓から夜空を眺めながら言いました。
 「あの時も井戸は近くになんてなかった。ぼくたちは一晩中歩いて、ようや見つけたんだ。……井戸は探しに行かなけりゃはじめから無いんだ。ぼくの猫がまだ探しに行ってなければ、まだ井戸を見つけていないはずなんだ。」
 (この子は猫が井戸を探すのを助けに行くのかもしれない)……突然、私の胸の中に例えようもない孤独感が生まれました。私は男の子の金色の髪を見つめたまま、様々な言葉がくるくる渦巻いてからまっていくのを感じて、何も言えなくなりました。ただひとすじの涙が、まるで心の奥底からくみ上げたかのような水になって手の甲に落ちました。彼は私の涙を見て、驚いたように声を上げました。
 「あぁ、きみも泣くんだね!ぼくのバラもそんなだった!キツネもそうだ。ぼくの猫も泣いていたし、あの人だって泣いていたに違いないんだ。月明かりでごまかしていただけなんだ。」
 私はただ、彼の笑い声を聞きたかったのです。五億の鈴が天から降りてくるような、そんな心地よいはずの彼の笑い声を聞きたかったのです。

つづく
by azu-sh | 2007-01-10 13:07 | 「あづ」の創作小部屋